大震災以来の津波警報、瞬時に「『逃げないと』と体が動いた」

南太平洋のトンガ諸島で発生した大規模な噴火による津波で、岩手県沿岸部に16日午前2時54分、津波警報が発表された。県内に津波警報が発表されるのは2011年の東日本大震災以来11年ぶり。久慈市では最大1メートル10の津波が観測され、沿岸自治体では住民らが不安な夜を過ごした。
県によると、県内の他の地点の最大津波は宮古市と釜石市で40センチ、大船渡市で30センチ。同日午前0時15分に県沿岸部に津波注意報が発表され、その約2時間40分後に津波警報に切り替わった。避難指示は沿岸12市町村のすべてで出され、ピークの午前6時現在で計1346人が避難した。人的・物的被害の情報は入っていない。
警報は午前11時20分に注意報に切り替わり、午後2時に全県で解除された。達増知事は、午後3時半に開いた災害対策本部の会議で「今後、被害の情報収集が本格化する。市町村、関係機関と連携して県民の安全確保に努めてほしい」と呼びかけた。
久慈市の市総合福祉センターに家族3人で避難した同市の男性(73)は「注意報から警報に変わった瞬間に『逃げないと』と体が動いた」と顔をこわばらせた。大船渡市で妻、娘の3人と避難した会社員の男性(58)は「1メートルの津波でも流されるので、安心してはいけないと思って避難した」と語った。
釜石市のホテルでは警報発令に伴い、5階以上に避難を呼びかける館内放送が流れた。出張で来ていた北九州市、会社員の男性(29)は「注意報なら大丈夫だろうと思ったが、警報が出るとやっぱり不安。宮古市には両親や祖父母がおり、電話で安否を確認した」と話していた。
自治体では、東日本大震災の教訓から住民の避難を促す動きもみられた。宮古市では午前1時頃から日中にかけ市内全域でサイレンを一定間隔で流し続け、安全の確保や避難を呼びかけた。同市の芳賀直樹危機管理監は「東日本大震災では、津波警報が出ても防潮堤の近くを歩いたり自転車で走ったりして亡くなる人もいた。とにかく犠牲者を出したくないという思いだった」と話す。
県内の交通機関も乱れ、三陸鉄道は始発から運転を見合わせ、JR東北線、山田線などで一部運休や運休が相次いだ。このため、大学入試センターは宮古市の県立大学宮古短期大学部で予定していた大学入学共通テスト2日目の試験を中止にした。30日に再試験を行うという。