指切断し人質身代わり志願も 50年前のあさま山荘

テレビ中継の視聴率が最高89・7%に達した昭和47年2月のあさま山荘事件。世間の関心を物語るように、長野県警には激励や籠城長期化へのいらだちなどの声が殺到した。
事態収拾に向けたアイデアを寄せる人も少なくなかった。「警察犬を4、5頭入れて、あとから警察官がとびこむ」「睡眠薬を入れたガスを風上から流し、犯人を眠らせてはどうか」「山荘の屋根に火をつける。外に出た犯人を狙い撃ちせよ」。当時の県警内部資料には、こんな事例が紹介された。
長期化する籠城に人質の身代わり志願も絶えず、「決意を強固にするため」と小指を切断し乗り込む人まで現れた。
銃撃され殉職した2人の警察官以外で、唯一民間人の犠牲者となった男性もこうした身代わり志願だったとされる。