旧優生保護法(1948~96年)下で不妊手術を強制されたとして、近畿地方に住む夫婦と女性の計3人が国に計5500万円の国家賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、大阪高裁=太田晃詳(てるよし)裁判長=は22日、旧法を違憲と判断した。その上で、不法行為から20年で賠償請求権が消滅する「除斥期間」を理由に請求を棄却した1審・大阪地裁判決を取り消し、国に賠償を命じた。一連の訴訟で旧法の違憲性と国の賠償責任をいずれも認め、原告側が勝訴したのは初めて。
全国9地裁・支部で起こされた同種の訴訟で、初の高裁判断だった。地裁判決では4件の違憲判断が出ているが、いずれも賠償請求を退けて原告側が敗訴していた。
強制不妊に「苦しみ、悲しみ消えない」
「子供連れを見かけると、今でもうらやましくて、寂しくて涙がこぼれます」。子を産み育て、愛情を注ぐことが大阪府内に住む老夫婦の夢だった。そんなささやかな幸せを半世紀前に奪ったのが、旧優生保護法に基づき同意なく実施された不妊手術だ。原告として法廷に立ち続けた夫婦は、今も消えない悲しみを抱えながら22日の大阪高裁判決を迎えた。
2021年11月30日、高裁の大法廷。控訴審で1度だけ開かれた口頭弁論で、70代の妻はこう訴えた。「子供のことはずっと我慢してきた。苦しみや悲しみは消えません」。80代の夫も「私たちを助けてください」と意見陳述した。ともに聴覚障害を抱える2人は手話通訳を介し、「時の壁」に阻まれた1審・大阪地裁判決の見直しを迫った。
妻は生まれつき耳が聞こえず、夫は3歳の時に聴力を失った。親族の紹介で知り合った2人は20代だった1970年に結婚。「早く子供がほしいね」とよく話していた。
妻は3年後に身ごもり、帝王切開で出産。夫は保育器の中で小さな手足をばたつかせる我が子の姿を喜んだが、赤ちゃんは翌日に息を引き取った。妻の妊娠中、「胎児に異常がある」と医師から告げられていた。妻は産後に体調を崩し、子供の顔を見ることすらできなかった。
いつまでたっても新しい子はできず、生理もこない。「何かおかしい」。母親に相談すると、「赤ちゃんはもうできない」と言われ、理由ははぐらかされた。「障害があると子供を持つことも許されないのかもしれない」。夫婦に同意なく不妊手術をされたと悟った。ゆがんだ思想をうたった法律の存在は知らず、理不尽な強制手術への怒りや悲しみは心にしまい込んで生きてきた。
18年に転機が訪れる。不妊手術を強いられ、同じ聴覚障害のある別の夫婦が神戸地裁に裁判を起こしたことを知った。「優生保護法?」。2人の夢は国策による「差別」で奪われたという真実を突きつけられた。翌19年、夫婦は司法に助けを求めて大阪地裁に提訴した。
20年11月の地裁判決は旧法について「非人道的かつ差別的。子を産み育てるかどうかを意思決定する自由を侵害した」と批判。違憲と判断する一方、不法行為から20年で賠償請求権が消える「除斥期間」を理由に国の賠償責任を認めなかった。
「裁判所は事実と向き合って」
原告側は控訴審で「国が主導した差別や偏見の影響で、被害者は声を上げられなかった」と主張し、「時の壁」と呼ばれる除斥期間の適用除外などを求めている。各地の裁判所に起こされた同種訴訟でも除斥期間を理由に原告側の敗訴判決が相次いでおり、控訴審の初判断となる大阪高裁判決に注目が集まっていた。
判決を前に毎日新聞の取材に応じ、身ぶり手ぶりで今の心情を吐露した夫婦。妻は「時の経過だけで訴えを退けるのは、差別を認めるようなもの。そんな判決は聞きたくない」。夫も「今ではたくさんの障害者が子を産み育てている。優生保護法がいかに不当な法律だったか、裁判所はその事実と向き合ってほしい」と訴えた。【芝村侑美】