◆「認諾」とは何か
―― 森友問題をめぐって自死した近畿財務局職員の赤木俊夫さんの妻・雅子さんが起こした国家賠償請求訴訟は、国の「認諾」によって終結しました。直近では、厚労省郵便不正事件で逮捕されたものの無罪となった村木厚子氏が国賠訴訟を起こした際も、国は認諾をしています。弘中さんは『生涯弁護人 事件ファイル1』(講談社)で、弁護を手掛けた村木事件について詳しく記していますが、そもそも認諾とはどういう制度なのでしょうか。
弘中惇一郎弁護士(以下、弘中) 認諾とは、民事訴訟において、被告が訴訟内容についていっさい答弁せず、原告側の請求をそのまま認めて裁判を終わらせる手続きのことです。認諾をすれば、審理は行われません。
通常、民事訴訟で認諾が行われることはまずありません。争いがあるから裁判になったはずなのに、審理もせずに相手の請求を認めて争わないというのは理屈に合いません。それではなぜ裁判を始めたのかわかりません。
とりわけ国賠訴訟では認諾は考えられません。国が支払う賠償金の原資は税金ですから、国が何の反論もせずに相手の請求をそのまま認めるなど、あり得ない話です。
また、認諾は民事裁判でしか認められておらず、刑事裁判に認諾はありません。たとえば、殺人事件が起こり、被告が殺人を認めていたとしても、審理を省略していいということにはなりません。被告が何を言おうが証拠調べをして事実を確定し、判決を下すというのが刑事裁判のあり方です。
これに対して、民事裁判は当事者主義を原則としているので、当事者同士が解決したと言っているなら、わざわざ裁判所が乗り出す必要はないということになります。認諾に対抗手段がないのも、そのためです。たとえ裁判所から見ておかしなところや間違っているところがあったとしても、認諾によって当事者同士が争わないとしているなら、それ以上裁判所が関わることはできないのです。
◆目的は裁判を潰すこと
―― 赤木さんの国賠訴訟で国が認諾をした理由はどこにあると思いますか。
弘中 それは明らかに裁判を潰すためです。先ほど述べたように、裁判となった以上、そこには争いがあります。国も当初は、赤木さんの請求は認められないと考えていたはずです。
しかし、裁判が展開していけば、証人を出したり、事実関係について争わなければならなくなります。その過程で国にとって不都合なことが明らかになる可能性もあります。それを避けるために認諾をしたのでしょう。認諾の悪用と言わざるを得ません。
同じことは村木さんの事件についても言えます。村木さんは検察の捜査・起訴・公判遂行で違法に精神的苦痛を被ったとして、国賠訴訟を提起しました。この訴訟の主な目的は、なぜ村木さんが逮捕・起訴されたのか、どのような経緯でターゲットにされたのかを明らかにすることでした。
村木さんは無罪判決を勝ち取りましたが、無罪になったからそれでいいというわけにはいきません。我々弁護団としても、刑事裁判でわからなかったことをもう一度民事裁判ですべて議論したいと思っていました。村木事件では主任検事の前田恒彦氏が証拠のフロッピーを改ざんしており、検察内部でも裁判中からそのことが問題になっていました。そのため、一部の検事は「こんな裁判はやっていられない」と言っていたそうです。それにもかかわらず、なぜ彼らは裁判を続けたのか、どうしてそこまで不当なことをやったのか、その真相を究明したいと思っていました。
また、我々は検察によるマスコミへの情報リークについても追及すべきだと考え、追加請求を行いました。検察や警察は大きな事件であればあるほどマスメディアに意図的に情報をリークし、自分たちにとって有利な世論を作り上げようとします。小澤一郎事件や鈴木宗男事件でも、特捜検察はマスコミに情報をリークし、小澤氏や鈴木氏が悪徳政治家であるかのような世論を形成し、それをテコに強引な捜査を進めました。最近ではカルロス・ゴーン事件も同様です。
村木事件の場合、特捜部は村木さんの逮捕前後に、共犯とされた上村勉氏が村木さんから指示されて偽の証明書を作成したというストーリーを、連日のように新聞に流していました。上村氏が検察官の圧力に負けてでたらめな自白調書にサインしてしまった翌日には、調書の内容がそのまま記事になっていました。これは重大な人権侵害であり、国家公務員の守秘義務という見地からも許されないことです。
しかし、国は我々の請求を認諾し、審理を行わないまま賠償金の支払いに応じました。裁判を行って様々なことが明るみに出るのを防ぎたかったのでしょう。村木さんも非常に落胆していました。
ただし、国はリークに関しては認諾せず、争う姿勢を見せました。そのため、我々はこの裁判で審理を重ねていけば、メディアのリークに対する問題提起になると考えていました。
ところが、裁判所はこの問題にまったく熱意を示さず、「大筋で解決したのだから、リーク行為など問題にすることはないではないか」と露骨に取り下げを迫ってきました。そして結果的に、「どの検察官が、誰に、いつ、どう情報を漏らしたか特定できないため、損害賠償請求は認められない」として、我々の訴えを退けたのです。最高裁まで争いましたが、結果は変わりませんでした。
メディアも村木さんの公判はかなり好意的に報道してくれましたが、リークについては非協力的でした。「取材源の秘匿」のためにリーク問題には踏み込めないということでしたが、日々ニュースを提供してくれる検察との関係を悪くしたくないというのがメディアの本音だろうと思います。
◆法改正が必要
―― 村木氏は著書『日本型組織の病を考える』(角川新書)で、これなら認諾されないように1億円あるいは10億円くらい請求しておけばよかったと記しています。赤木さんも賠償請求額は1億円を超えていましたが、ここまで高額にすれば国も認諾できないだろうと考えていたのだと思います。
弘中 村木さんの国賠訴訟では、我々は約3700万円を請求していました。おそらく赤木さんたちはこの金額で認諾されたことを踏まえ、あえて1億円という高めの金額を設定したのだと思います。しかし、それでも認諾されてしまったわけですから、この手の国賠訴訟では10億円くらい請求したほうがいいのかもしれません。
ただそうすると、裁判を行うときに必要な印紙代が数百万円かかることになります。日本では請求金額に比例して印紙代が高くなるので、高い金額を請求するのは非常に大変なのです。
しかし、この仕組みには合理性がありません。たとえば、1000万円の貸金請求と10万円の貸金請求を比較した場合、請求額は100倍ですが、裁判の大変さにはたいした違いはありません。あえて印紙代を高くする理由はどこにもありません。
印紙代の問題は以前から指摘されていますが、高い印紙代は裁判を起こす権利の妨げになります。日本もアメリカのようにもっと安く裁判をできるようにすべきです。
―― 認諾という制度そのものも見直したほうがいいと思います。
弘中 国賠は国の誤りによって損害を受けたことを争うものですから、認諾によって真相をごまかしたり、うやむやにすることを許してはなりません。国が関わる問題である以上、当事者同士が争わないと言っていたとしても、それで終わりにすべきではありません。これを機に法改正を行い、国賠では認諾は認めないようにすべきです。
(2月4日 聞き手・構成 中村友哉 初出:月刊日本3月号)
【月刊日本】
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