東京都葛飾区で令和2年3月、赤信号を無視して軽ワゴン車で交差点に進入し横断歩道を渡っていた小学5年、波多野耀子(ようこ)さん=当時(11)=と父親をはねて死傷させたとして自動車運転処罰法違反(危険運転致死傷)罪に問われた元配送業、高久浩二被告(69)の裁判員裁判の第2回公判が10日、東京地裁(西野吾一裁判長)で開かれた。
この日は、耀子さんの両親に対する証人尋問が行われた。父親の暁生(あきお)さん(44)は「何の落ち度もないのに赤信号の無視で娘は殺され、私は大けがを負った。被告から自発的な謝罪はなく、絶対に許すことはできない」と述べた。
検察側の証人尋問では、事故当日に耀子さんが暁生さんの散髪に付き添って外出し、帰宅途中の2人が自宅近くではねられた状況などが明らかになった。
当時自宅で夕飯の支度をしていた母親は、耀子さんに持たせていた子供用携帯電話の緊急ブザーが鳴ったという通報を受け、電話をかけ続けた。だが、自動でつながった電話から聞こえてきたのは、サイレンやざわざわした周囲の騒音。窓を開けると同じようなサイレンの音が聞こえた。
「けがをしたのでは」。胸騒ぎを覚え、耀子さんの保険証を手に外へ出て人だかりのある方に行くと、車道に横たわった状態で顔を横断歩道の方に向け、何とか近づこうとしている暁生さんの姿が見えた。暁生さんの視線の先には耀子さんの足が見え、すでに救急隊員が救助を始めていた。
暁生さんと耀子さんは、別々の病院に運ばれた。自身も顔や足の骨を折る重傷を負った暁生さんは、意識がもうろうとする中、「娘はどうなりましたか」と救急隊員や医師らに尋ね続けた。母親は耀子さんを乗せた救急車に同乗、靴下を脱がせて足をさするなどしたが、耀子さんは搬送先の病院で死亡が確認された。
集中治療室(ICU)に入った暁生さんが耀子さんの死を知ったのは、事故から2日後。耀子さんの遺体と対面した暁生さんは「ごめんな」と声をかけて耀子さんの頭や体をさすったが、体の冷たさに死を実感せざるを得なかった。
車いすで耀子さんの葬儀に参列した暁生さん。火葬の直前、耀子さんの棺にたくさんの花が入れられ、「娘が花の中に埋もれていく姿を見て、本当に絶望した」と、涙をぬぐいながら振り返った。
夫妻ともに精神的なダメージを受け、事故後にいずれも勤務先を退職。現在も歯の痛みや歩行障害などの後遺症があるという暁生さんは「娘のことを考えない日は一日もない。(中学生になった)近所の同級生の姿を見かけるたびに、娘の制服姿を想像している」と話した。
耀子さんは、散髪に行った暁生さんに付き添って帰宅途中に事故に遭った。母親は「あんな寒い日に外に出しちゃってごめんなさい。私がもう少し早く家に帰って『家で待っていよう』と言えばよかった」と、悔しさをにじませた。
高久被告は事故後、暁生さん側からの連絡を受け、代理人を通じてメールで謝罪文を送ってきた。暁生さんは「誰かに指導されたような文面で、とても生身の人間として謝罪した印象はない」と語った。
8日の初公判に続き、被告はこの日も法廷で遺族と視線を合わせることはなかった。暁生さんは「(被告は)自分がやってしまったことを理解していない」と裁判員に訴えた。