ロシアとウクライナの停戦協議が開かれる一方、ロシア軍は欧州最大規模の「ザポリージャ原子力発電所」を制圧するなど、非常事態が続いている。ロシアによるウクライナ侵攻には、我々日本にとっても他人事ではない深刻な影響があった。
◆ロシアのウクライナ侵略が日本に与える深刻な影響とは?
ロシアによるウクライナへの軍事侵略が続くなか、米国や西側諸国、そして日本もロシアへの経済制裁に踏み切った。
このウクライナ「侵略」は、私たちの暮らしにどのような影響があるのか。評論家の江崎道朗氏は「日本にも今後、ジワジワと影響が出てくる」と警鐘を鳴らす。
「ロシアは半導体の製造工程に必要な原材料や資源エネルギーが豊富な国ですが、このようなロシアからの戦略物資の輸入が途絶えることを想定した対策について、これまで日本政府は十分な準備をしてきていませんでした。こうした危機を想定して、グローバルなサプライチェーン(供給網)を見直し、戦略物資を備蓄・確保するために経済安全保障推進法案が2月に閣議決定され、今国会に提出されたばかりです」
◆経済安全保障推進法案の4本柱
経済安全保障とは、経済的な手段や政策によって国民の生活を脅威から守り、国の安全保障を実現すること。「重要な資源やエネルギー、食糧などの安定供給を確保」「先端技術や個人情報の海外への流出防止」など、幅広い分野を対象としている。
米中対立など新たな国際秩序の変化に対応すべく、’21年10月、岸田政権で経済安全保障担当大臣が新設され、小林鷹之氏が就任した。
閣議決定された経済安全保障推進法案は、「サプライチェーンの強靭化」「基幹インフラの安全性・信頼性の確保」「官民の技術協力」「特許出願の非公開化」の4本柱で構成されている。
◆日本にとっても他人事ではない3つの理由
ロシアによるウクライナ「侵略」でサプライチェーンへの対策が急がれるなか、江崎氏は特に日本への影響が大きいものとして、次の3点を挙げる。
①電子工業に不可欠なパラジウムは、世界の4割をロシアが供給している。
②半導体やその素材の製造工程に必要なネオンの7割はロシアとウクライナが供給している。チップをエッチングするレーザーにはネオンが使用されている。よって世界的な半導体不足がさらに深刻化していく恐れがある。
③日本だけを見ても、’20年の原油輸入量の4.1%、LNGの8.2%、石炭の14.5%はロシアからだった。世界的にもエネルギー価格が上昇していくことになる。
「とにかく日本政府は重要な物資などについて、どれがどこの国に依存しているのか、民間企業の動向も含め、正確に把握してこなかったわけで、数年前にようやく状況把握を始めたばかり。今、経済産業省が慌てて点検をしている状況です」
◆重要物資の調達難に陥る懸念も
武力による現状変更を阻止するため日本も欧米と協調して対ロ経済制裁に踏み切ったが、その報復措置としてロシアが輸出を止め、日本は調達難に陥る懸念もある。仮にロシアやウクライナからの原材料やエネルギーの輸入がストップした場合、現在の在庫でどれほどの期間を賄えるのか、またほかの国から代替調達することができるのか、などを探らなければならない。
これらの問題は欧米も同様だ。
「レアアースをはじめとする戦略物資をロシアと中国に依存している欧米、そして日本の弱点を踏まえたうえで、プーチン大統領は今回の挙に踏み切ったと言えるでしょう。要は、グローバルなサプライチェーンを欧米と日本とで維持できるよう、経済安全保障ネットワークを構築することが、中国とロシアに対抗するための有力な方策なのです」
◆国際情勢を的確に分析するための情報源
江崎氏は「日本が選択を誤らないためにも、国際情勢は的確に分析しないといけない。その分析手法として私が政治の場において重視してきたのが『公刊情報』だ」と語る。公刊情報とは、政府や政党などが公開した政府見解、政党の公式見解などのこと。
「公刊情報は政府や政党などが公式に発表したものであり、マスコミ報道に比べれば、その信頼性はかなり高い。例えば『マスコミ報道によれば、日本政府はこの問題についてこう考えている』という言い方よりも、『政府の公式サイトに掲載されている声明によれば』という言い方のほうが数段と信頼性が増しますよね。
したがって国際政治、国内政治を考えるために私は、『公刊情報を確認・分析すること』を提唱しています。政府の公式見解を踏まえなければ、国際政治について外国の専門家たちとまともな議論ができないからです」
インテリジェンス(国際情勢などに関する情報収集・分析)の基本も、政府の公式見解を正確に丁寧に読み解くことが求められる。
「しかもそのインテリジェンスは、自国の国家安全保障戦略の策定に資するものでなければなりません。言い換えれば出所不明で、根拠も曖昧な『憶測』であれこれと想像をめぐらし、自分に都合のいいように話を繋ぎ合わせることは、インテリジェンス活動とは呼びません。
国家の命運を左右する国家戦略はしっかりとした事実や根拠に基づいて論じられ、組み立てられるべきです。個人の勝手な思い込みで論じ、状況証拠だけで結論を出すようなことは、インテリジェンスから最も遠い言動。そこでインテリジェンス活動の基本に則り、米国の『国家安全保障戦略』や、自民党の報告書などの公刊情報を分析することで日本の経済安全保障政策を論じなければなりません」
◆ロシアの『脅威』に対する認識を欧州と共有できているか
では、’20年12月に公開された自民党新国際秩序創造戦略本部による提言「『経済安全保障戦略策定』に向けて」では、ロシアに対してどのように分析しているのか。
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ロシアも、国家経済の競争力の強化を国家安全保障上の利益の一つとして掲げており、その下で、エネルギー安全保障や技術安全保障の強化、ハイテク技術の育成、海外依存の低減、中小企業の発展等の目標を掲げている。また、特にネット世界における自律性の確保の観点から、インターネット主権法を制定し(未施行)、有事の際には国内ネットワークを外部から切り離せるよう準備が進められている。国際社会のシーレーンや資源の観点からますます重要度を増すと思われる北極海への自国の影響力を高める試みも今後強化されていくものとも見られる。
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自民党のこの「提言」に対し、江崎氏はこう分析する。
「中国と異なり、経済力はたいしたことがないこともあって、ロシアに関する言及は少ない。この提言では『ロシアの動きが日本にそれほど大きな影響力があるとは思えない』という分析をしているのですが、果たして本当にそうなのか、注意が必要です。現に、半導体の生産に必要な希少資源の調達への影響が懸念されています。
また、ヨーロッパや中東においてロシアの存在感は増してきており、同時にロシアに対する警戒心は強まっていました。日本は対中連携のためにも欧州との協調が重要になってきますが、その際、ロシアの『脅威』に対する認識を日本は欧州と共有しているのかが、改めて問われることになります」
ロシアに対しても、早急な経済安全保障政策が求められる。
構成/SA編集室 写真/時事通信社
【江崎道朗】
(えざき・みちお)1962年生まれ。評論家。九州大学文学部を卒業後、月刊誌編集長、団体職員、国会議員政策スタッフを務め、外交・安全保障、インテリジェンスに関する政策研究に取り組む。2016年より評論活動を開始。2020年、倉山満氏らとともに「一般社団法人救国シンクタンク」を設立、理事に就任。主著に『コミンテルンの謀略と日本の敗戦』(PHP研究所)、『日本は誰と戦ったのか』(第1回アパ日本再興大賞受賞、ワニブックス)、『日本人が知らない近現代史の虚妄』(SBクリエイティブ)などがある。最新刊『インテリジェンスで読み解く 米中と経済安保』が発売中。公式サイト、ツイッター@ezakimichio
―[インテリジェンスで読み解く米中と経済安保]―