沖縄のコロナ感染爆発の背景にある在日米軍の暴虐<沖縄タイムス記者 阿部 岳>

◆主権を放棄した日本政府

―― 在日米軍基地でクラスターが相次いだ結果、日本国内で多くのコロナ感染者が出てしまいました。沖縄では早くから米軍の感染が問題視されていましたが、日本政府はまともな対応をしてきませんでした。沖縄タイムス記者の阿部さんは、現在の状況をどのように見ていますか。

阿部岳氏(以下、阿部) いくら岸田首相が水際対策を強化しようが、まん延防止等重点措置(まん防)を実施しようが、日本には大きな抜け穴があります。それが在日米軍です。

日米地位協定では、米軍関係者が在日米軍基地に直接入国する場合、日本の検疫を受けないで済むことになっています。検疫や税関などの国境線の管理は、国の主権の最たるものです。日本政府はそれを放棄しているのです。

その代わり、日本政府は在日米軍に対して日本と同程度の水際対策を行うように求め、一昨年の夏に合意に至りました。ところが今回、在日米軍がこの合意を一方的に反故にしていたことがわかりました。米軍関係者には14日間の行動制限を課すとされていましたが、その期間は短縮されており、基地内も自由に行動できるようになっていました。彼らはアメリカ出国時にPCR検査も行っていませんでした。

問題はそれだけではありません。米軍関係者が羽田空港など民間空港を利用する場合は、日本の検疫に従ってPCR検査を受け、陽性と判明すれば、米軍施設で隔離されることになっていました。ところが昨年、成田空港で陽性が確認された米軍関係者が、そのまま飛行機に乗って那覇空港に行き、沖縄県内の米軍基地まで移動していたことがわかったのです。日本の検疫がコケにされているとしか思えません。

もともと在日米軍は感染者数の公表さえ拒んでいました。軍の論理で言えば、仮に軍隊の中で100人の感染者が出たと発表すれば、即応体制が脆弱化していることがバレてしまうので、それは避けたいということだったのでしょう。

しかし、これはとうてい受け入れられる話ではありません。米軍基地のフェンスのすぐ外では多くの沖縄県民が暮らしています。どこの米軍基地で何人の感染者が出たかさえわからないとなれば、県民は自分たちの安全を確保しようがありません。

その後、沖縄でコロナの感染が広がったため、米軍は沖縄県に対して非公表を前提に感染者数を報告するようになりました。県側も米軍の要請に応じ、当初は感染者数を発表していませんでしたが、県民やメディアが批判したため、最終的に公表されることになりました。本来なら県民の命を守るために最初から米軍に感染者数を公表させるべきだったのに、情けない限りです。

◆危機意識が薄い在日米軍

―― アメリカでは「コロナはただの風邪だ」などと言ってコロナを軽視する人たちも珍しくありません。その影響もあってか、在日米軍もコロナを甘く見ているようです。

阿部 彼らの危機意識が薄いことは間違いないと思います。たとえば、昨年12月17日に金武町にあるキャンプ・ハンセンでクラスター発生が判明し、米兵99人の感染が確認されました。また、日本人の基地従業員1人が沖縄で初めてオミクロン株に感染しました。そのため、県民の間には不安が広がりました。

ところがその翌日、米海兵隊太平洋基地のツイッターが、まさにクラスターが発生したキャンプ・ハンセンの軍人たちが地元金武町社会福祉協議会の職員たちと協力し、沿岸に漂着した軽石の除去作業を行っている様子を写真つきで投稿したのです。その写真を見る限り、米兵たちは1人もマスクをしていませんでした。この写真には日付を確認できるものが映っていないので、実際にいつ作業を行ったのかはわかりませんが、クラスターが起こった翌日に投稿すべきものではありません。地元の感情を無視した軽率なツイートだと思います。

もちろん、私は米軍関係者たちがコロナに感染してしまったこと自体を批判するつもりはありません。不幸にして感染した人を責めてはいけないのは当然です。しかし、感染を不注意に広げてしまう構造は、沖縄のためにも米軍のためにもきちんと批判しなければならないと思っています。

―― 在日米軍は1月10日から外出制限を実施していましたが、1月31日に早々と制限を解除しました。これも危機感のなさのあらわれだと思います。

阿部 沖縄県の米軍基地では依然として多くの感染者が確認されています。まだ外出制限を解除できるようなタイミングではありません。沖縄県も外出解禁は時期尚早だと批判しています。

そもそも、この外出制限にしても、決して十分な内容とは言えません。米軍側は軍の施設や区域からの外出は必要不可欠な活動に限ると言っていましたが、何が必要不可欠であるかを判断するのは米軍自身です。これでは実効性が伴うはずがありません。

なぜそう断言できるかと言うと、騒音防止協定の例があるからです。この協定は、騒音の発生を防ぐために、米軍が必要とする場合を除き、原則として深夜や早朝に米軍が活動することを制限しています。それでは、この協定によって騒音が減ったかと言うと、まったく減っていません。現に、1月28日には3万5000人を超える嘉手納基地周辺の住民たちが夜間早朝の飛行の差し止めなどを求め、提訴に踏み切っています。

また、米兵の中には基地の外に住んでいる人たちもいます。当然、彼らは出勤・退勤の際に基地を出入りしていますが、彼らには外出制限は適用されません。

このように、外出禁止は抜け穴だらけです。もっと厳しい規制をしない限り、米軍由来の感染拡大を食い止めることはできないでしょう。

◆日米地位協定が珍しく議論された背景

―― 普段、日本のメディアがアメリカを批判することはほとんどありません。しかし今回は、在日米軍が日本の検疫を免除されたのは日米地位協定のせいだとして、多くのメディアが地位協定の問題点を指摘しています。ここまで全国的に地位協定が話題になるのは珍しいと思います。

阿部 在日米軍基地のクラスターは、沖縄県だけでなく、全国の米軍基地で確認されています。いち早くまん防が適用されたのは沖縄県と山口県、広島県でしたが、山口県にも米軍基地があり、広島県は山口県に隣接しています。こうした背景から、地位協定が日本全体の問題と受け止められたのだと思います。

多くの人たちが地位協定に関心を持つことは歓迎すべきことです。しかし、仮に米軍基地のクラスターが沖縄でしか起こらなかったとしたら、ここまで地位協定が問題視されたかどうかは疑問です。

沖縄は1995年に米兵3人による暴行事件が起こって以来、一貫して地位協定の改定を訴えてきました。近年では全国知事会が地位協定の抜本的な見直しを提言するといった動きも見られますが、まだまだ全国的に問題意識が共有されているとは言えません。沖縄がどれほど必死になって声をあげても、思想やイデオロギーの問題と見られてしまうというのが実情だと思います。

しかし、沖縄が地位協定の改定を求めているのは、米軍の事件や事故、騒音などによって実際に被害を受けているからであって、思想信条とは関係ありません。コロナの感染と同じように、米軍基地が県民の生命や健康、財産を脅かす存在だからこそ、強く反対しているのです。

米軍基地や地位協定の問題点を指摘すると、「中国に攻められるよりはマシだろう」などと言われることがあります。この手の人たちは直接米軍の被害を受けた経験がないのだと思います。だからこんな軽口を叩けるのでしょう。

もっとも、米軍による被害を理解できないという点では、日本に住む大多数の人たちも同様です。こういう人たちによって米軍基地や日米地位協定は支えられ、沖縄は犠牲を強いられてきたのです。

これは私自身にも言えることです。私は沖縄で新聞記者をしていますが、東京出身であり、沖縄に基地を押しつけてきた人間の1人です。私も含めて日本人1人ひとりが沖縄に犠牲を強いていることを自覚しなければ、今後も同じことが繰り返されてしまうと思います。

◆名護市民を批判する資格はあるか

―― 今年は沖縄の日本復帰50年という節目の年です。私たちは改めて沖縄の米軍基地のあり方を考えなければなりません。いま名護市では辺野古新基地建設が進んでいますが、先日行われた名護市長選挙の結果をどう見ていますか。

阿部 今回の名護市長選挙は、自民党と公明党が推薦する現職の渡具知武豊氏と、野党の支援する岸本洋平氏の一騎打ちとなりました。渡具知氏は新基地に賛成とも反対とも言わず、争点化を避け、岸本氏は基地反対を掲げて戦った結果、渡具知氏が5000票差というかなりの差をつけて勝利しました。

しかし、4年前の名護市長選挙もそうでしたが、この選挙を単純に「基地賛成派」対「基地反対派」と見るべきではありません。

この間、名護市民は何度も何度も基地反対の意思を示してきました。1997年の市民投票では5割以上の人たちが基地建設に反対し、2019年の県民投票では7割以上の人たちが反対しました。反対の意思はどんどん強固になっています。

日本が本当に民主主義国家であれば、市民の意思を尊重し、基地建設は中止になるはずです。ところが日本政府はこの結果を一切顧みることなく、基地建設を強行してきました。何を言っても自分たちの意思が通らないのなら、せめて暮らしの改善を願う。そのように判断した市民がいたとしても不思議ではありません。

名護市長選挙の結果を受けて、沖縄の外に住んでいる人たちの中には、「名護市民は基地を容認したのか」、「名護市民には失望した」などと言っている人たちもいます。どの口が言っているのか。名護市民が選挙のたびに基地建設の是非を問われなければならないのは、ひとえに日本政府が基地建設を強行しているからであり、その政府を大多数の日本人が支えているからです。

繰り返し強調しておきますが、沖縄に基地を押しつけているのは日本です。沖縄の基地問題は沖縄の問題ではなく、日本の問題です。これは日本が解決すべき問題なのです。当事者は日本です。日本で暮らしている人たちには、そのことをしっかりと認識してもらいたいと思います。
(2月1日 聞き手・構成 中村友哉)

あべ・たかし●沖縄タイムス記者。1974年東京都生まれ。辺野古新基地建設を巡る名護市民投票があった97年入社。政経部、社会部、整理部、辺野古や高江をカバーする北部報道部を経て編集委員。著書「ルポ沖縄 国家の暴力―現場記者が見た『高江165日』の真実」(朝日新聞出版)は、日隅一雄・情報流通促進賞奨励賞を受賞。

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げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。

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