アスベスト(石綿)による健康被害で亡くなった人の遺族に対する労災認定の時効救済制度が、27日で終わる。だが支援団体は「救済制度があったからこそ浮かび上がる被害の事実が多くある」と制度の継続を訴えている。時効救済をきっかけに、亡き父親の思いがけない石綿被害を知ることになった女性のケースを紹介する。
大阪市の野上文代さん(62)は2020年の年の瀬、自宅のリビングで何気なく見ていたテレビのニュース番組で、ある言葉が耳にひっかかった。
「アスベスト」
石綿の被害者を支援する「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」(東京都)が、年末の電話相談を開設したことを知らせる短いニュースだった。「そういえばあのとき、先生がアスベストって言ってはった」
父の小田利明さんは11年12月、肺がんが脳に転移し亡くなった。その数カ月前に緩和病棟に移ったころ、担当医師がレントゲン写真をみながら「これは、アスベスト肺だね」とつぶやいた。当時は気にも留めなかったが、頭の片隅に残っていた。利明さんには、とび職の仕事に就いていた時期があったと聞いていた。「父の死には何か理由があるのかもしれない」。すぐに電話をかけた。
対応した家族の会関西支部の片岡明彦さん(63)は早速、支援に動き出した。労災の時効は死後5年だが、石綿被害は救済措置として時効を過ぎても石綿健康被害救済法に基づく「特別遺族給付金」を申請できる特例がある。認められれば、遺族に年金(原則年240万円)か一時金(1200万円)が支給される。死後約10年が経過した利明さんのケースも、救済の可能性があった。
利明さんが受診していた病院に問い合わせると、胸部のCT(コンピューター断層撮影)画像が残っていた。石綿吸入でできる「胸膜プラーク」と呼ばれる病変が広範囲に写っている。「こんなにはっきりプラークがあるのは、かなりの石綿を吸っていたということだ」。片岡さんは確信した。
給付金の申請に必要な、石綿を扱う職歴の証明は難航した。利明さんは職を転々としていた上に、小さな事業所が中心で記録がほとんど残っていない。
だが、野上さんが自宅で保管していた古い家族アルバムを引っ張り出して調べてみると、利明さんが建設現場で働く1枚の写真があった。ヘルメットには、当時勤めていた会社の名前が記してある。さらに背景にある建物に「府商工会館」という文字を見つけた。そこから建設現場のビルを特定し、そのビルは後に、石綿除去工事がされていたことも調べた。これを含め、石綿を吸う恐れのあった職歴を1年半以上、公的記録で確認した。
野上さんは21年3月、大阪南労働基準監督署に特別遺族給付金を申請し、結果を待っている。「最初はアスベストと聞いても、父の死とは関係ないと思っていた。でも調べていくうちに、石綿を扱う職歴やプラークの存在が分かった。見えていなかった父のアスベスト被害者としての姿があった」と語る。片岡さんは「救済措置があったからこそ浮かび上がった事実。同様のケースはかなりあるはずだ」と訴える。
厚生労働省によると、特別遺族給付金の制度が始まった06年から20年度まで、認定されたのは計1629件。20年度は20件が認められた。家族の会は今後も、国会議員や関係省庁に対して制度の存続を求めていく。【柳楽未来】