「自殺は社会の組織犯罪。みんな本当は死にたくない」自殺の名所・東尋坊で元警察官が出会った老カップルの悲劇《自殺直前保護の現場》 から続く
「私が副署長を務めていた2003年の1年間で、東尋坊では21人もの変死体が発見され、80人近い自殺未遂の人を保護しました」
当時、東尋坊を管轄する三国警察署の副署長だった茂幸雄さん(78)は、そこで「自殺の実態」を目の当たりにした。在職中にNPO法人「 心に響く文集・編集局 」を立ち上げ、退職後の2004年から現在に至るまで、東尋坊での見回り活動をし、自殺しようとする人を保護している。
現在のメンバーは12人。茂さんと同じ元警察官から新聞配達員や元教師、農家とさまざまな立場の人が活動に共感し、集まった。一日に複数回、東尋坊を見回って、自殺企図者に声をかけている。「みんなの平均年齢は70歳くらいです。18年も続けているからみんな年を取ってしもた」と茂さんは笑う。(全3回の2回目/ #1 、 #3 を読む)
家庭の問題にも入り込んで“鬼退治”
同NPO法人によると、東尋坊ではNPO法人を立ち上げるまでは毎年20~30人が自殺していたが、活動開始後は10数人に減少。2021年の自殺者数は8人と初めて10人を切ったという。茂さんたちが声をかけてきた人の累計は2022年3月22日現在で、755人にも及ぶ。
しかし、茂さんたちの活動は保護にとどまらない。自殺に思い至った問題を根本から解決するべく、相談者の了解さえあれば家庭の問題などプライベートな領域にも深く入り込んでいくのだ。
「根本から問題を解決しないと、一度保護してもまた自殺しようとしてしまう。自殺を減らすためには“鬼退治”をせんといかん」
副署長時代に声をかけて一度は自殺をとどまらせた老カップルが、別の場所で自殺してしまったことで、こうした思いを深くしたという。
2010年頃、こんなことがあった。
東尋坊で、ワンカップ酒をあおっている50代くらいの中年男性がいた。心配になった茂さんらが見守っていたら、男性が突如飛び降りようとしたため、止めに入った。どうしたんだと声をかける茂さんらに、「俺の悩みなんて誰も解決できない!」と男性は抵抗。その場で大喧嘩になったという。
事情を聞くと、自殺の動機は男性の妻にあるという。男性は土木作業員で天気が悪いと仕事がない。仕事が休みになると、日中から酒を飲んでいた。その男性の姿に苛立った妻は次第にキツイ言葉をなげかけるようになり、暴力をふるうことも増えていった。
妻に3000万円の保険金をかけられ「自殺してこい」
「しまいには3000万円の生命保険を掛けられて『あんたに騙されて結婚させられた。自殺して来い』と言われて自殺を決心したんだと。そんなことが本当にあるんかと、男性の母親に電話をして確認したら、『その通りです。嫁がきつくて毎日暴力を振るわれているって……。夫婦仲が原因で殺傷沙汰にならないように毎日お参りしていたんです』っておっしゃったんです。
離婚したらいいのと違いますかと言ったのですが、嫁から『離婚してやるから、800万円の慰謝料を請求する』と脅されたことがあるんですと。『息子のために払ってやりたいけど、そんな大金は払えないから、離婚はあきらめざるを得なかったんです』って」
事態の深刻さから、茂さんはすぐに男性とともに中国地方に住む妻のもとに向かった。
「なんと奥さんは保険金が支払われる前提で引っ越し準備を進めていて、生命保険の請求書も揃えていたんですわ。こりゃいかんなと『自殺関与罪で罪に問われるぞ。許さんぞ!』と言って、告訴しない代わりに慰謝料無しでその場で離婚届にサインさせたんです。その男性からは今でも年賀状が届きます。母親と仲良う暮らしているようです」
DVに悩んだ娘「父親を殺すか、自分が死ぬか」
行き詰まった親子関係を改善に導いたこともある。3年前の春頃に保護した30代の女性のケースだ。その女性は涙ながらにこう訴えたという。
「父が母に暴力をふるっているんです。暴言を吐いたりお茶碗を投げつけたりすることは日常茶飯事。娘の私にも『いい年して結婚も仕事もしない』と罵声を浴びせてくる。食事は必ず一緒に食べないとダメだと言われ、離れることもできません。自分の部屋にいても父の足音が聞こえると鳥肌が立つんです」
女性の妹もうつ病を発症しているといい、家族全員が父親の言動に苦しんでいる状況が徐々に分かってきた。茂さんが語る。
「その女性は『昨晩、父がいなくなれば家族が円満に暮らせると思い、父を殺そうと台所から出刃包丁を持ち出したんです』とまで言ったんです。でも『寝ている父の枕元に立って刺し殺そうとした瞬間、失敗したら自分がやられるし、成功しても大変なことになってしまう』と思ってできなかったと。それで『父親を殺せないなら自分が死ぬしかない』と思って、東尋坊まで来たということでした」
まずは女性を、保護した人を泊めるための「シェルター」へ連れていき、2日ほど休ませ、どうすべきかを相談した。
父親に「出刃包丁を持ってきて見せつけるんや」
「父親が家から出て行くか娘が独り立ちするしかない、そう判断しました。そして父親に電話して、『あした娘を連れていく。話があるから待っとれ』と言ったんです」
翌日、茂さんが女性を連れて父親のもとを訪ねると、父親は物凄い剣幕で「お前はウチに何の関係がある!?」と怒鳴った。茂さんは怯まずに、「出刃包丁を持ってきて見せつけるんや」と女性に言ったのだという。
「娘が『これで殺そうと思ったんです』と話すと、父親は『うわっ!』と驚きの声を上げていた。『あんたがこの家から出ていきなさい』と父親に言うたんですけど、母親が庇ってね。『お父さんが出て行ってはダメ。許して茂さん』とおっしゃった」
結局、娘2人が実家を出ることで話がまとまった。その日のうちに茂さんが近くの不動産屋に同行し、アパートの契約を進めた。その後は、母親が娘たちの住むアパートに定期的に寄るなどして、家族で支え合って暮らしているという。
自殺企図者の背中「崖下を覗き込んでいる」
“おせっかい”という言葉が死語になりつつある現代で、茂さんたちの踏み込んだ支援には賛否があるかもしれない。しかし彼らの行動のおかげで命をつないでいる人々がいることは、紛れもない事実だ。
それにしても、茂さんたちはどうやって救うべき「自殺しようとしている人」を見極めるのだろうか。
「なんかね、見たらわかるんですよ。手荷物がほとんどなく、手土産も持っていない。岩場付近のベンチに座って観光客を装ってはいますが、人混みを避けて景色を見るというよりは、崖下を覗き込んでいる。日没も気にせず2~3時間も休憩したりしていることが多いですね。黒っぽい目立たない服装の人が多いかな」
背中が語るものがある。茂さんが「自殺の実態を知ってほしい」と差し出した写真には、思い詰めて東尋坊の先を眺める人々の“背中”が写っていた。そこには生きることの重みが写し取られていたのだ――。
◆◆◆
NPO法人「 心に響く文集・編集局 」からは茂さんへの相談の予約などができる。
【厚生労働省のサイトで紹介している主な悩み相談窓口】 ▼いのちの電話 0570-783-556 (午前10時~午後10時)、 0120-783-556 (午後4時~同9時、毎月10日は午前8時~翌日午前9時) ▼こころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556 (対応の曜日・時間は都道府県により異なる) ▼よりそいホットライン 0120-279-338 (24時間対応) 岩手、宮城、福島各県からは 0120-279-226 (24時間対応)
“自殺の名所”東尋坊で撮影した《自殺しようとする人の背中》が語るもの「発達障害で虐待」「就活失敗。母に負担をかけたくない」 へ続く
(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))