福岡県田川市で2018年、当時1歳の三男に医師の診療を受けさせず死亡させたとして、保護責任者遺棄致死罪に問われた母親の
常慶
(じょうけい)藍被告(27)に対し、福岡地裁は先月11日、懲役8年の判決を言い渡した。公判では、夫から家庭内暴力(DV)を受けて逆らうことが困難になり、三男への虐待が深刻化した可能性が浮かんだ。DVを背景にした虐待死は繰り返されており、専門家は警鐘を鳴らす。
(村上喬亮)
判決によると、藍被告は夫の雅則被告(27)(保護責任者遺棄致死、傷害罪で起訴)とともに、三男の
唯雅
(ゆいが)ちゃんが重度の低栄養状態に陥り、肺感染症を発症していたのに医師の診療を受けさせず、18年12月に死亡させた。唯雅ちゃんは、雅則被告が撃ったとみられるエアガンの弾で全身に傷があり、腕やあばらの骨など約30か所を骨折していた。
弁護側の冒頭陳述などによると、藍被告は中学卒業後に介護の仕事に就いた。自動車教習所で知り合った雅則被告と19歳で結婚。5子を出産した。
夫からは、普段と違う服を着ているだけで「どこに行くのか」ととがめられた。馬乗りで殴られたことや、木刀で暴行されたこともあったが、藍被告は「事件になってしまう」と、周囲に暴行を打ち明けることなどはせず、育児についても助けを求めることはなかった。
「抵抗しません。(夫が)余計ムキになるから」。被告人質問でDVについて問われると、藍被告は力なく答えた。精神鑑定した医師は、藍被告は軽度の知的障害とDVの影響で、自発的に行動できなくなる「学習性無力感」を抱えていた可能性があると指摘した。
藍被告は「DVで夫には逆らえない状況だったのか」との検察官の質問に「はい」と答えたが、死亡当時、全身に約70か所あった唯雅ちゃんの体の傷などの異常には「気付かなかった」と繰り返した。裁判長が「誰かをかばい、隠していることはありませんか」と問いかける場面もあった。
判決は夫による虐待やDVを認定しつつ、「夫の虐待は見ていない」などとする藍被告の説明は「不合理な弁解に終始している」と判断した。被告側は即日控訴した。
藍被告の判決後に記者会見した裁判員は、「周囲の気付きがあれば、救えた命があったのではないか」との見方を示した。
識者「恐怖心から孤立、発覚遅れ」
18年に東京都目黒区、19年に千葉県野田市で起きた虐待死事件は、夫の虐待に妻が加担していたが、共通して夫のDVが虐待の背景にあった。公判によると、野田市の事件では、虐待を止めようとした妻に夫が馬乗りになって暴力を振るい、妻は虐待を黙認するようになった。
厚生労働省が設置した専門委員会が20年9月に公表したDVについての検証では、07~18年の間に起きた児童虐待死270件のうち、実母が夫や交際相手らからDVを受けた経験があったのは18・9%(51人)に上った。
検証では、DVを経験していた実母のうち7割強が、地域社会との接触が「乏しい」「ほとんどない」という状況だったことも判明している。
児童虐待に詳しい日本大の鈴木秀洋准教授(危機管理行政法)は「継続的なDVを受けている母親は、虐待を止めたり、第三者に相談したりすれば、また夫に暴力を振るわれるのではないかと恐れる。そうした心理から孤立化し、虐待の発覚の遅れや深刻化につながる」と指摘する。
田川市の事件を受け、県の検証部会が昨年5月にまとめた報告書などによると、市は藍被告が受診した医療機関からの連絡で夫によるDVの疑いを把握していたのに、調査をしていなかったことが明らかになっている。
鈴木准教授は「虐待とDVが併存することを、行政側は理解しなければならない。DVと子育て支援の担当職員が連携し、家庭全体を対象とした一体的な対処が必要だ」と強調する。