市長からのメッセージ、チャットアプリで休日や夜にも…「気が休まらない」「ルール決めてほしい」

多数のメンバーがネット上で同時にやり取りできるチャットアプリ。スマホで仕事の情報共有も素早くできるため、自治体が業務で導入するケースが増えている。だが、組織のトップが部下と使う場合は慎重さが求められる。読売新聞が、大阪市の内部で交わされたメッセージの一部を情報公開請求で入手して調べると、運用上の課題が浮かんだ。
メトロ運休も議題

「大きなインパクトと同時に混乱もある劇薬。皆さんの考えは」
新型コロナ対策の緊急事態宣言が大阪府などに発令された直後の2020年4月9日夜、大阪市の幹部職員ら約100人が閲覧するチャットに、こんなメッセージが投稿された。
意見を求めたのは松井一郎市長。劇薬とは人出抑制のため、土日に大阪メトロを全面運休するという市長の突然の案だった。すぐに幹部から書き込みが相次いだ。
「ダイヤを減らすのは賛成です」「交通を止めると、医療や福祉、生活維持の面で影響が大きすぎると思われます」……。
松井市長は約1時間後、「難しいのは理解した」などと投稿。全面運休ではなく、2割程度の減便を要請する方針が決まった。
市が、

LINE
(ライン)のビジネス版「ラインワークス」を導入したのは19年。内規では「災害時などの情報伝達が目的」と記されている。松井市長は「考えが一瞬で伝わり、全員で会議しているようで効果が高い」と利点を強調するが、具体的な運用ルールはない。
大阪市では、メールも公文書に位置付けており、チャットも同様の扱いになっている。以前なら会議を開き、じっくり議論しているような内容の意思決定に使われることもある。ある幹部は「みんなが見ており、自分だけ違う意見を投稿するのは難しく、大勢に流されることも多い」と実情を明かす。
松井市長は20年3月、翌春からの計画だった市立小中学校の給食無償化について、チャットで「経済対策として、この4月からできないか」と1年前倒しを提案。教育長が「実務的に協議します」と書き込むと、他の幹部から意見は出ず、案は正式決定された。

メールは1対1の交信が主流だが、チャットはメンバー全員が見るという特性がある。ネットのコミュニケーションに詳しい東京女子大の橋元良明教授(情報社会心理学)は「相手の表情が見えず、同調圧力が働きやすい。新しいアイデアを練ったり、深い議論をしたりすることには不向きだ」と指摘する。
1時間以内に回答

過去のメッセージからは、職員が休日や夜に対応を求められる現状が浮かぶ。
例えば、松井市長は土曜日の夜、24人の区長に「コロナで区役所に寄せられる声を教えてください」と質問。17人の区長が1時間以内に回答している。
ある区長は「週明けに返答しようとしたが、みんなが投稿していたので答えざるを得ない。家でも気が休まらない」と漏らす。
松井市長は、3連休前日の今年2月10日夜にも「福祉施設での3回目ワクチン接種の現状はどうなっているか」と投稿した。
担当の福祉局長は2分後、チャットで「状況確認の上、改めて報告します」と回答。担当者は翌11日から急きょ休日出勤し、高齢者施設の調査を始めた。
市幹部の1人は「時間外でもすぐに対応しないといけないのが精神的な負担になる。使い方のルールを決めてほしい」と話す。
ラインワークスの運営会社によると、今年1月時点で自治体のほか企業や医療機関など約35万団体が利用。コロナ禍でリモートワークが定着し、普及が進んでいるという。
自治体では、簡単な連絡が中心で意思決定に使ったり、記録を公文書として扱ったりするケースは少ない。新潟県三条市の担当者は「電話代わりという位置付けで使っている」と話す。京都市の担当者は「公文書として扱うが、使用は緊急時の情報共有に限定している」という。
同志社大の太田肇教授(組織論)は「情報共有には有効だが、組織のトップが発信すると部下は異論を唱えにくい。意思決定にはなじまないツールだ。夜間や休日対応は労務管理上の問題があり、緊急時のやり取りに限るべきだ。単に便利という理由で安易に使われないようリスクも踏まえた運用ルールを定める必要がある」と指摘する。