観光船「KAZU Ⅰ(カズ・ワン)」の沈没事故では、海上保安庁が捜査する運航会社「知床遊覧船」に対する刑事責任の追及と並行し、会社側から乗客の家族らへの補償交渉も進められている。金銭面は保険金で賄われるとみられるが、乗客によって補償額が異なるケースも想定され、解決への道は容易には見通せない。(吉沢智美)
保険業界関係者によると、船舶の場合、船舶自体の損害などを補償する「船体保険」、船舶の運航などに伴う賠償金などを補償する「船主責任保険」、乗客らへの賠償金などを補償する「船客傷害賠償責任保険」の3つに加入しているのが一般的とされる。
船舶事故では通常、運航責任者である船長が一義的な責任を負うが、商法上、船舶所有者も共同賠償責任を問われる。カズ・ワンの豊田徳幸船長(55)は行方不明のままで、豊田船長の家族が相続放棄した場合、運航会社が賠償責任を負うことになる。
桂田精一社長(58)が参加し、5月7日に開かれた家族への説明会で、知床遊覧船の弁護士は1人上限1億円の「船客傷害賠償責任保険」に加入していると説明。死亡時の葬儀代や現地にいる家族の滞在費への対応にも触れたという。
上限1億円という賠償額は「ごく一般的なライン」(業界関係者)。行方不明の乗客も、行方不明と認定された翌日から3カ月以上経過した場合に死亡したと推定され、支払い対象になるという。
運輸事故の補償問題に詳しい伊藤康典弁護士によると、実際の賠償額は慰謝料や逸失利益、現地にいる家族の滞在費などを合わせて算出され、慰謝料は2千万~2800万円が相場だ。伊藤弁護士は「逸失利益は年齢や年収によって変わるが、上限1億円の保険金が満額支払われるケースは少ない」と打ち明ける。
船体の引き揚げ費用は国費が充てられる一方、船体そのものは「船体保険」で全損扱いとなり、購入費用や市場価格などから算出された分が知床遊覧船への補償対象になる。事業者側の重過失などのほか、出航時に安全な航海に適した状態でなかった場合も免責事項に当たるため、荒天が予想される中での出航判断が問われることになりそうだ。
海保は業務上過失致死容疑で強制捜査し、桂田社長と豊田船長の立件可否を検討しているが、事故原因や出航判断は過失責任にも関わる重要な要素となる。業界関係者は「船長や乗客からの証言が取れなければ、民事上の重過失を証明することは難しい。出航判断の是非は保険会社によって条件が違ってくる」と説明。伊藤弁護士は「事業者側に支払い能力がない場合、保険会社の役割は大きい。社会的に注目されている事件であるため、通常よりも柔軟に家族とも争いを起こさない方向で検討するのではないか」と話した。