5月26日、NHK総合で衆議院予算委員会が中継された。3月28日以来、じつに2カ月ぶりの国会中継だった。
《#国会中継をしてください》
ツイッターでは、こんなタグとともに、国会のテレビ中継を求める声が高まっていた。これほどまで、中継の間隔が空いたのは、2015年9月16日から11月9日まで放送がなかったとき以来のことだった。会期中、さまざまな委員会などが行われている国会だが、いったいどういう基準で放送するものと、しないものが決まるのだろうか。
「基本的にテレビ中継されるのは、予算を決める予算委員会や代表質問、テーマを絞って議論する集中審議などとする慣例があります。特に、総理が出席する“総理入り”と呼ばれる委員会には、中継が入ることが多いです」
そう説明するのは、NHKの元報道カメラマンで、国会対策副委員長も経験した立憲民主党の前衆議院議員・岡島一正さんだ。予算審議など以外でも、重要な審議などは、国会が要望するか、NHKが要望して国会が認めれば、中継が実現することもある。国会が要望する場合、与野党の合意が前提で、そのハードルは高いと岡島さんは言う。
「国民の関心が高くテレビ中継すべき委員会でも、議論をオープンにすれば反発を招きそうな内容については、与党としてはなるべく国民に知られないうちに進めたい。野党側が、『これは国民に知ってほしい』と与党側に交渉を求めても、テーブルにつくことすら拒否されることも少なくありません」
一方、近年のNHKは慣例から外れた中継の要請を国会にすることもなく、予算委員会や集中審議がない期間は、国会中継の空白が生まれることになる。
■「政府与党は審議を拒んでいる」
テレビ中継がなかった期間、国会で重要な審議が行われていなかったわけではない。むしろ、日本国のこれまでのあり方を一変させるような議論が進んでいたのだ。日本共産党所属の参議院議員の山添拓さんはこう語る。
「ウクライナ侵略に乗じて危機感をあおり、戦争できる体制を整えようという動きが加速しています。憲法審査会では、9条改正や、すべての権力を政府に集中させる緊急事態条項、さらには敵基地攻撃能力の保有や核共有の話まで出てきて、軍事には軍事で対抗するんだ、という政治の役割を放棄するような議論に終始しています。また、政府指定の企業や研究機関に指定基金から政府が資金提供して、軍事に役立つ開発をさせる“経済安全保障推進法”が可決されました。これにより、研究開発が軍事優先となる懸念があります」
もちろん、山添さん含む多くの野党議員が、国会の場でこうした流れを厳しく批判してきた。しかし、テレビ中継がないと、その声は国民に届きづらくなってしまう。
そもそも、与党側には国会での議論を避けようという動きがあるという。立憲民主党の国会対策委員長の馬淵澄夫議員は「政府与党が必要な審議を拒否し続けている」と主張する。
「ロシアによるウクライナ侵略、物価高騰、遊覧船事故、中身のない補正予算案など、課題が山積しているにもかかわらず、野党の度重なる要求に応じず、政府与党は総理が出席して行われる集中審議の開催を拒否し続けてきました。もし応じていれば、(集中審議はテレビ中継されるという慣習があるため)2カ月にもわたり国会審議がテレビ中継されないということは起こらなかったと言えます」
一方、与党側の言い分はどうなのか。自民党の国会対策委員長である高木毅議員にコメントを求めたが、期日までに回答がなかった。
■政府への反対意見が伝えられる機会がない
5月3日の憲法記念日に、NHKは世論調査の結果を発表した。「憲法を改正する必要があると思うか」という質問に対し、「必要があると思う」という結果が35%、「必要がないと思う」が19%という結果だった。さらに9条改正についても、「必要ある」が31%と、「必要ない」の30%を上回った。
しかし、前出の山添さんは賛成派、反対派それぞれの意見が公平に届けられていないと考えている。
「岸田首相や国務大臣などが話す番組や報道はたくさんあるのに、それに対する反対意見や対案が紹介される機会が少ないと思います。国会中継もそうですし、テレビで与野党の政治家の討論する機会も少ない。NHKでは、5月1日の憲法についての討論会を最後に行われていません」
さらに、元自衛隊レンジャー部隊で防衛問題に詳しい井筒高雄さんはこう指摘する。
「岸田首相は防衛費をGDP比1%から、倍の2%へ引き上げるとぶちあげましたが、財源はどうするのか。国会での議論を国民にしっかり見てもらったうえで、参院選で審判を仰ぐべきです」
NHKはここ6年、“慣例”としている「予算委員会」や「代表質問」などしか中継せず、中継の回数も2016年以前より減らしている。たとえば、2016年は109回の国会中継が行われ、うち23回が「TPP特別委員会質疑」だった。
一方、2021年の中継は74回。すべて予算会議や代表質問などの“慣例”の放送だった。国会中継を求める声をどう考えているのか。本誌の質問に対し、NHK広報局はこう答えた。
「国会中継は、視聴者の皆様から充実を求める要望がある一方で、ニュースや生活情報、大相撲等の放送を求める幅広い要望が寄せられています。総合的に判断し、国会中継の放送を実施しています」
「NHK倫理・行動憲章」は、〈NHKは、公共放送として自主自律を堅持し、健全な民主主義の発展と文化の向上に役立つ、豊かで良い放送を行うことを使命としています〉という一文で始まる。
民主主義の根幹である国会の情報を正しく伝えることと、「生活情報、大相撲等の放送」は比べるべきものなのだろうか。また地上デジタル放送になって多チャンネル放送が可能になっているなか、他番組を理由に放送を限定することは理解されない“言い訳”だろう。メディアに詳しい作家の本間龍さんは、こう分析する。
「NHKの予算は、放送法第70条で国会の承認を得ると定められています。つまり予算を国会に握られているので、政権与党に気を使わざるをえない」
また、NHK元記者の大和大介さんも、こう推論する。
「いま、NHKのトップにいる前田晃伸会長は、政権寄りの人物。彼に忖度する人ばかりで周囲を固めていると聞きます。現場もあえて国会中継を増やして、危ない橋は渡りたくない、と考えているのではないか」
国会での審議を国民から隠したい政府与党、政府ににらまれてまで中継したくないNHK。両者の“共犯関係”が、憲法改正の流れを加速させようとしている。