不妊治療の権威として知られる「杉山産婦人科」の杉山力一理事長(53)が、国内では原則的に認められていない第三者の卵子提供による体外受精を行っていることが、「 週刊文春 」の取材でわかった。
予約が取れない超人気クリニック
世田谷を本拠に約70年の歴史を誇る杉山産婦人科。祖父の後を継いだ杉山氏は2001年に不妊治療専門のクリニックを併設すると、2011年に丸の内、2018年に新宿にも開院した。高度な生殖医療を手掛け、不妊に悩む夫婦の間では「なかなか予約が取れない超人気クリニック」として広く知られている。
「菅義偉首相(当時)は不妊治療の保険適用などを政権の看板政策として掲げましたが、そのブレーン的な役割を果たしたのが、杉山氏です。菅氏の首相就任直後にも面会し、不妊治療への助成金拡充などを助言していた。こうした政治とのパイプを武器に、日本産科婦人科学会でも存在感を高めていきました」(日本産科婦人科学会関係者)
国内での卵子提供の“条件”
その杉山氏が日本国内で行っていたのが、第三者の卵子提供による体外受精だ。
卵子提供とは、第三者の女性ドナーから卵子の提供を受け、夫の精子と体外受精させた後、その受精卵を妻の子宮に移植するという不妊治療のこと。しかし、国内では法整備がなされておらず、日本産科婦人科学会も卵子提供を認めない旨の会告を出し、会員に遵守を求めてきた。実際、杉山産婦人科もHPで〈国内では法的整備がないため提供卵子が認められておらず〉などと記している。
ただ、患者からのニーズの高まりなどを受け、厚労省が2003年にまとめた報告書では、次の“条件”を満たした場合にのみ、門戸を開く方向で議論を進めるとした。患者は「生殖障碍を有する夫婦」、卵子ドナーは「無償で子がいる成人」に限るというものだが、現実的には非常にハードルが高い。
そのため、多くの患者は有償での卵子提供が行われている海外で移植を受けており、例えば、野田聖子少子化担当相は2010年に渡米、米国人ドナーから卵子提供を受け翌2011年に50歳で長男を出産している。
卵子ドナーには約60万円の報酬を提示
だが、杉山氏は、卵子提供エージェンシー大手「メディブリッジ」から患者や卵子ドナーの斡旋を受け、日本国内で高額な卵子提供治療を重ねているという。
メディブリッジの関係者が明かす。
「海外での卵子提供で妊娠を目指す夫婦がメディブリッジに相談すると、『国内のプログラム』として、杉山産婦人科を紹介されることがあります。治療内容にもよりますが、メディブリッジと杉山産婦人科に合わせて約500万円を支払えば、国内での卵子提供を受けることができる。一方、メディブリッジは杉山産婦人科に斡旋する卵子ドナーも幅広く募集しています。厚労省が定めた“条件”とは異なり、子供がいない若い女性を含め、約60万円の報酬を提示するなどしています」
「週刊文春」は、メディブリッジの一柳靜佳社長が卵子提供を巡って、患者や杉山氏とやり取りした多数のメールを入手した。
B子さんに送った治療費の内訳
例えば、メディブリッジの一柳氏が、杉山産婦人科での治療を決めた患者・B子さんに送ったメールには、以下のように記されている。
〈初診の予約は必ず「杉山力一(りきかず)」理事長のお時間をお取りください。
卵子提供プログラムはまずは杉山理事長にご相談することになっています〉
また、一柳氏は患者・C子さんには、杉山産婦人科でかかる治療費の内訳について以下のように説明していた。
〈・ドナー事前検査 ・ドナー採卵 ・顕微授精 ・着床前診断 ・胚凍結 ・連結胚融解と移殖
融解と移殖までの費用を含めると、合計すると200万円程は費用になるかと思います〉
当事者たちはどう答えるのか。
「国内ではやってませんのでね」
メディブリッジの一柳氏に質問状を送ったところ、本人から電話があった。
――学会で承認していない国内卵子提供について。
「産科婦人科学会も色々出してますけど、そういうところの先生方でもなさってる方もおられますし、なので一つのクリニックの名前挙げて一つのエージェントの名前挙げて槍玉にあげるようにしたいのかが、私にはわからない」
――ドナーの条件や報酬など、これまでの医師たちとは異なる状況でやっている。
「国内ではやってませんのでね」
――国内でやってない?
「ですので、お好きに書かれたらいいです」
杉山氏にも質問状を送り、事実関係の確認を求めたが、期日までに回答は無かった。
杉山氏がどのような説明を行うのか、対応に注目
日本産科婦人科学会は、HPで〈(本会の)見解を遵守しない会員に対しては、速やかにかつ慎重に状況を調査し、その内容により定款に従って適切な対処を行う〉などと記載している。
同会に杉山氏のような学会見解に反する卵子提供医療について見解を求めると、以下のように回答した。
「(個別の事例については)事実関係を把握しておりませんのでお答えできませんが、(卵子提供に対する会の対応は)HPに記載の通りです」
生命の誕生に直結する生殖医療には極めて高度な倫理観が求められる。日本の不妊治療を牽引してきた杉山氏がどのような説明を行うのか、対応が注目される。
6月22日(水)12時配信の「 週刊文春 電子版 」および6月23日(木)発売の「週刊文春」では、杉山氏の人物像や杉山産婦人科の経営、杉山氏が患者に必ず結ばせる守秘義務契約書の存在、情報漏洩の疑いが出た際に杉山氏が一柳氏に送った苦情メールの文面、メディブリッジが有償で卵子ドナーを募集している様子、杉山産婦人科で行われる採卵でドナーが体調不良になった問題、厚労省の“条件”に準じた厳格なガイドラインで国内での卵子提供を行う組織の見解などについても詳報している。
(「週刊文春」編集部/週刊文春 2022年6月30日号)