安倍晋三元首相(67)を銃撃したとして逮捕された山上徹也容疑者(41)は、母親が帰依した旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)に強い恨みを抱き、「安倍氏を襲えば教会に非難が集中すると思った」と奈良県警の調べに供述した。教会への多額献金と生活困窮、そして家庭崩壊-。動機形成に重大な影響を及ぼした母親と教会との関係は、いかなるものだったのか。
「トップクラスの優良な信者なのではないか」
母親の教会での地位について、山上容疑者の伯父(77)が皮肉まじりに語った。教会側によると、母親の入信は平成10年とされるが、伯父の記憶ではそれより7年早い同3年ごろという。夫の自殺と長女(山上容疑者の妹)の出産、小児がんを患っていた長男(兄)の開頭手術など、人生の困難が次々と降りかかった時期と重なる。
「精神的なよりどころを求めて入信するのはよくあること。そこで心の平静を感じると、その後の関係が大変になってくる」。そう話すのは、信者の動向に詳しい東北学院大の川島堅二教授(宗教学)だ。不幸な境遇からいったん「救済」された後に信仰を捨てるのは、信者の間では大罪とされるといい、不幸の再来を恐れる心理が脱会を難しくする。
伯父によれば、母親は同6年までに、夫の死亡保険金など約6千万円を教会につぎ込んだ。《オレが14歳の時、家族は破綻を迎えた》。山上容疑者のものとみられるツイッターの投稿にはこんなくだりがあるが、時期的にも符号する。
母親はその後も、相続した不動産の売却代金など約4千万円を献金したという。山上容疑者ら家族を顧みず、1億円を超える金額を注ぎ込んだ結果、14年8月に破産している。
それでも脱会はしていない。「多額の献金はできなくなったが、破産後も教会に通い続けた、と本人から聞いている」(伯父)
このころ、伯父は山上容疑者の兄から「食べるものがない」と助けを求められ、資金援助のほか缶詰などを差し入れたこともあった。海上自衛隊に入隊した山上容疑者は17年1月に自殺を図り、自らの死亡保険金を困窮していた兄と妹に受け取らせようともしたという。
失いたくない教会内での地位
それでも母親が教会を優先したのはもう一つの「家族」があったからではないかと川島氏は推測する。それは信者間の濃密な人間関係だ。悩みを抱える者同士が弱みを打ち明け、共有しあう。「一種の疑似家族だ」と川島氏。母親は親族ら周囲の人間にも「霊を慰めなさい」と献金を迫って次々と疎遠になったが、本当の家族が離れていってしまった場合に、信者同士の連帯がこれに置き換わることで、ますます教会にのめりこむ結果になる。
17年1月に山上容疑者が自殺を図って入院した際、母親は教会の聖地がある韓国に40日間の日程で渡航していた。川島氏はこの事実に着目し、「高額献金者であれば、聖地で好待遇を受けたかもしれない。脱会すればその地位も失う。受け入れがたいだろう」と推測。「精神的にもそれ以外の面でも、長くいればいるほどやめる選択肢が狭まっていく」と指摘した。
教会側によると、母親は21~29年は活動をやめていたが、2、3年前から再び参加するようになった。山上容疑者が教会トップの韓鶴子(ハン・ハクチャ)総裁の襲撃を計画したのはちょうどこのころ、令和元年10月のことだった。