[凶弾 浮かんだ背景]<上>
安倍晋三・元首相(67)が銃撃され死亡した事件は8日、発生から1か月を迎えた。山上徹也容疑者(41)の供述などから、事件の背景の一端が浮かび上がってきた。社会が問われたものを考える。
入信した母親が多額の献金を重ねて破産し、生活に困窮したという山上容疑者。世界平和統一家庭連合(旧統一教会)を恨んでいたのに、なぜ安倍氏に銃口を向けたのか。
その動機を読み解く手がかりが、3年近く前のツイッターの投稿にあった。
安倍内閣に旧統一教会と接点がある政治家が多数いる――。
2019年9月、そんな内容の記事が夕刊紙のウェブサイトに掲載された。この1か月後、記事を自身のアカウントでリツイート(転載)していたのが山上容疑者だった。
記事では、14年以降に旧統一教会の関連団体の集会に参加した自民党国会議員らの名が列挙されていた。山上容疑者は20年も、別の複数のネットメディアによる同趣旨の記事をツイッターに投稿して紹介。この頃、すでに旧統一教会と一部の議員の関係を認識し、関心を寄せていたことがうかがえる。
山上容疑者は事件直前、旧統一教会を批判していたルポライターに安倍氏殺害を示唆する手紙を送り、安倍氏を「本来の敵ではない」「最も影響力のあるシンパの一人に過ぎない」と記していた。諸沢英道・常磐大元学長(犯罪心理学)は「政治家が教会にお墨付きを与えているという憤りが、動機の背景にあった可能性がある」とみる。
事件後、旧統一教会と議員の関わりが次々と表面化した。事件を起こせば、教会、そして議員らに世論の批判が集まる――。そんな思惑があったのだろうか。
旧統一教会は、古くから保守系の政治家と友好的な間柄だったが、より接近を図ったきっかけは09年の事件だったと、霊感商法の被害者救済に取り組んできた渡辺博弁護士は指摘する。
この年、「先祖が地獄で苦しんでいる」と不安をあおって高額の印鑑を売ったとして信者らが警察に逮捕され、批判が強まった。渡辺弁護士は「教会内部で『摘発されたのは、政治家との結びつきが十分ではなかったからだ』という声が上がった」と明かす。
旧統一教会の機関誌に、ある幹部の発言が記されている。17年1月に開かれた内部の集会で語った内容だ。
「後援会の結成を通じて多くの議員を支援した」「セミナーなどで数多くの議員を教育した」
この幹部は実績を強調し、より議員を「教育」し、教会の目指す方向に政策を推進させると語っていた。
こうした関係が教会の「権威付け」になり、信者の引き留めや意識高揚につながった側面もあった。
近畿地方の20歳代の男性は、昔から信者の父親に連れられて集会に参加してきたが、18年頃から議員の参加者が増え、父親は「やはり私たちは正しい」と満足そうに話したという。
30歳代の女性は幼い頃、入信した両親が多額の献金をして生活が困窮した。母親から閣僚経験者の名前をよく聞かされ、数年前には教会の関連団体の機関誌の表紙に、安倍氏の写真が掲載されているのを見た。
信者を親に持つ苦しさを社会に訴えたい気持ちもあったが、「政権が教会とつながっているのなら、声を上げても聞いてもらえないだろう」と思って諦めた。
議員が旧統一教会と関わることをためらわなくなった背景には、教会に対する有権者の警戒心の低下がある、との指摘もある。
全国霊感商法対策弁護士連絡会に寄せられた被害相談は、09年までの5年間は5163件(計約172億円)だったが、昨年までの5年間は564件(計約54億円)。依然として深刻な実態はあるものの件数は減っており、事件前は社会的関心も低かった。
自民党の茂木幹事長は8日、自民議員に関係を断つよう求めた。事件を教訓に政治に何が求められるのか。
塚田穂高・上越教育大准教授(宗教社会学)は「宗教団体が理念に基づいて政治に働きかけることはあり、それ自体に問題はない」としたうえで「旧統一教会は長年、多数の被害を出し、今も献金で困窮する人がいることを忘れてはならない。政治家が安易に付き合うことが、被害者や家族を傷つけるという認識を持つべきだ」と強調する。
岩井奉信・日大名誉教授(政治学)は「現在の教会を巡って、どんな問題があるのか実態を把握する必要がある。過度な献金で生活が破綻することを防ぐ法整備、被害を吸い上げる相談体制の見直しも検討すべきだ」と指摘する。