不安募った途上国での手術、NPOスタッフは「大丈夫」と言ったが…傷口化膿し腎臓機能せず

[臓器移植 海外仲介の実態]<1>

表通りはホテルや商業施設が並ぶが、1本脇に入れば、古びた低層の建物が多かった。路面は汚れとひび割れが目立ち、車が走ると土ぼこりが舞った。
東京から西に約5500キロ。6月下旬、中央アジア・キルギスの首都ビシケクに本紙記者が入った。
市中心部からタクシーで10分ほど走る。アパートや戸建てが並ぶ住宅街に「クリニック」の看板が見えてきた。6階建てで、外壁は薄汚れている。
院内に入ると、待合室は狭く、椅子も10席ほどしかなかった。診療科は外科や耳鼻咽喉科などで、高度な移植医療を行うような施設には見えなかった。
別の病院名だった半年前の昨年12月。重い腎疾患で腎移植を望む日本人4人が、NPO法人「難病患者支援の会」(東京)の案内でここを訪れた。遠い異国で一体、何が起きていたのか――。

「この病院で大丈夫かしら……」。昨年12月16日、この日入院した関西在住の女性(58)が4階の病室で不安を募らせていた。
女性は腎疾患が悪化して人工透析を受けていたが、日本では10年待っても移植を受けられるとは限らないため、ネットで見つけたNPOを頼った。ウズベキスタンでの移植を提案され、昨年6月に現地入りして待機していたが、11月下旬に急きょNPOの案内で隣国キルギスに移った。
病院には慌ただしく医療機材が運び込まれていた。入院後、先に手術を受けたイスラエル人女性が病室で苦しそうにしているのを目撃した。執刀医は自分の手術も担当するエジプト人の男性医師(57)だった。
「心配なんだけど」。そう漏らすと、NPOスタッフは「大丈夫」と言った。「ドナー(臓器提供者)も決まっており、手術を受けるなら今しかない」。自分自身にそう言い聞かせ、12月18日に手術を受けた。

目を覚ましたのは約1週間後。病室ではなく、ビシケク市内のホテルだった。すぐにNPO実質代表の男性(62)に電話をかけた。その時の会話が、読売新聞が入手した録音記録の中に残っている。
「ホテルで治療するってどういうことですか。ドクターに聞いてくれないんですか」(女性)
「教えてくれない。何も」(実質代表)
「すごくいいかげんですね」(女性)
「外国ではこういうこともあります」(実質代表)
女性はこの後、体調を悪化させ、航空機でウズベキスタンに移動し、同国の首都タシケントにある民間病院「ナノメディカルクリニック」に入院した。記者が6月に病院を訪れると、男性医師(32)が女性のことを覚えていた。
空港から救急車で運ばれた女性は「痛い、痛い」と苦しんでいた。傷口が

化膿
(かのう)し、血液検査でも異常があった。医師は「1日か2日で死んでしまうかもしれないと思った」と話した。
年明けに帰国した女性はそのまま緊急入院。移植した腎臓は機能しておらず、摘出した。さらに半年余り入院を余儀なくされ、「手術を受けなければよかった」と悔やんでいる。

提供者に金銭 疑惑

女性に腎臓を提供したドナーは中年のウクライナ人女性で、コーディネーターのトルコ人男性(58)から1万5000ドル(約200万円)近くを受け取っていた。ウクライナの平均年収の数倍に当たる金額で、周囲に「娘の学費を支払った」と話しているという。
先進国の国民が途上国で金銭を払って臓器提供を受ける「移植ツーリズム」は、国際移植学会が非倫理的だとして禁止を提言している。だが近年、日本人が海外で腎移植を受けるケースが目立ち、各国から厳しい視線が注がれている。
日本移植学会によると、2017年に臓器売買の撲滅を狙うサミットがバチカンで開かれた際、日本人2人が16年にベトナムで腎臓を買って移植を受けたと報告された。19年頃にも、海外の医師から「日本人が腎臓を探している」との情報が学会に寄せられた。
東欧・ブルガリアでも、19~21年に外国人患者への違法な生体移植が行われたとして捜査が行われているが、患者の中に日本人がいたと報道されている。
「このままでは、日本は国際的な信用を失いかねない」。日本移植学会の江川裕人理事長(65)はそう危惧している。

NPOが仲介した海外での生体腎移植で、臓器売買が行われていた疑いが判明した。実態を報告する。
◆ キルギス=1991年に旧ソ連から独立した。国土面積は日本の半分ほどで大半が山岳地帯。人口約670万人で主な産業は農畜産業。外務省のホームページでは、医療水準は「首都でも劣悪」、医療設備は「旧ソ連時代のもので老朽化している」としている。