新型コロナウイルスをめぐり、岸田文雄政権は感染者の全数把握をやめて簡略化する仕組みを全国一律で導入する方向だ。感染症法上の分類を変更する可能性にも言及している。だが、世界保健機関(WHO)コンサルタントを務める医師でジャーナリスト、村中璃子氏は緊急リポートで、やるべきことは感染症法の改正だと指摘する。
高い感染力を持つオミクロン株「BA・5」が、世界で猛威を振るっている。しかし、BA・5の流行で医療が逼迫(ひっぱく)しているのは日本だけだ。
マスク、手洗い、外食や旅行の自粛、ワクチンなど、日本人は国の専門家の推奨に従い、できる対策をすべてやってきた。にもかかわらず、なぜこのような事態が起きているのか。
その理由は、国と国の専門家は、法改正や新システムの導入による抜本的な問題解決を怠り、マスクや手洗いなど小学校で教わるような個人対策の重要性を強調することに終始したことにある。
この間、欧州各国では、抗原検査の普及やワクチン接種証明・コロナ陰性証明の活用やデジタル化など、新しいシステムの導入による対策に重点を置いていた。各国が「行動の自由を取り戻すために流行を抑える」努力をしていた間、日本は「流行を抑えるため行動を制限する」という逆の努力をしていた。
流行抑止の最大の目的は、医療を守ることだ。そのため、たとえば、ドイツでは「症状のない人=医療の必要ない人」のスクリーニングには、PCR検査ではなく抗原検査を用いるなど、「医療機関を利用できるのは、医療の必要な人だけ」という原則を崩さないためのシステム作りに全力を注いできた。
ドイツでは、学校や病院における週2回以上の「全員検査」がかれこれ2年以上も義務付けられているが、ここで用いているのも抗原検査だ。また、全市民が1日1回受けられる無料の市民検査も抗原検査だった。BA・5の波が到来した7月、市民検査は一部有料化されたが、同時に、感染者の全数把握をやめたことから、医療が逼迫する事態は起きなかった。
全数把握をやめたのは、ワクチンの普及などにより重症化リスクのある人が減ったとの判断からである。同じ頃、WHOも、「もはや必ずしも全数把握を推奨しない」とガイドラインを改めていた。
岸田首相は8月24日、新規感染者の全数把握をやめる方針を発表した。だが、全数報告の停止は流行が始まる前に手を打っておくべきことだった。当初、新しい報告基準は自治体の判断に任せるとしたものの、「現場に丸投げ」との批判が起きたことから、「全国一律で行う」との方針に一転。その優柔不断ぶりに再び批判が集まったが、岸田氏にも同情の余地がある。
新型コロナは感染症法上の2類相当の措置として全数報告の義務があり、国の専門家の間でも季節性インフルエンザ相当の5類に変更すべきだといった意見が出ていた。一方で、5類になれば、入院の勧告や就業制限、外出自粛の要請ができなくなり、検査や治療、ひいてはワクチンの費用まで自己負担となるなどとして意見が割れていた。
しかし、全数報告義務と入院勧告や自粛要請、費用負担の話は、それぞれ、病院、自治体、国民と、主語を別にした話だ。いま日本に必要なのは堂々巡りや付け焼刃な調整ではなく、パンデミック(世界的大流行)を想定していないがために混乱をもたらしている現行の感染症法の抜本的改正だろう。法改正を敬遠し、適切なタイミングで意見をまとめられなかった国の専門家の責任は極めて重い。
国民は、国の専門家の推奨に従い、個人でできる対策をすべてやってきた。いい加減、国と国の専門家が「国の仕事」をする番だ。