山上容疑者に共感する人たちの知られざる胸中「怒りの矛先は、いつしか社会に向かっていた」

安倍晋三元首相の銃撃死事件を巡っては、凶行に及んだ容疑者・山上徹也に極刑を望む意見がある一方で、その不幸な生い立ちから擁護する声も上がっている。ネット上に溢れる言葉は、同情、共感、憧れ、好意……と、どれも殺人者には不似合いなものばかりだ。この熱狂の正体は何なのか。山上容疑者を通して、現代社会の闇に光を当てる。

◆山上に共感する人たちの胸中とは

山上容疑者の凶行は断じて許されない。しかし、彼の過去が明らかになるにつれて、同情や共感の声が増えているのも事実だ。宗教2世、就職氷河期世代、貧困、毒親……。山上容疑者はある意味、さまざまな現代社会の問題を一身に抱えた存在とも言える。

実は、記者も山上容疑者に対してどこか共感してしまう一人だ。私の母親は“狂信的”な仏教徒だった。さほど裕福な家でもないのに2000万円超の無謀な献金をし、親族はおろか私の友人の親にまで勧誘を行い、母からはどんどん人が離れていった。

ある日、「狂った子を殺すのは親の役目だ」と、私の祖父は包丁を振りかざし、母を殺そうとした。山上容疑者のものとされるツイッターにも同じように献金を続ける母親に祖父が怒り、包丁を持ち出したという投稿があった。あの光景を彼も見ていたのだろう。

◆「もし同じ境遇だったなら、復讐の誘惑をはね返せただろうか」

宗教による家庭崩壊。そこに共感する宗教2世は多い。キリスト教系新宗教の2世として育った30代男性が話す。

「父は信者になるために公務員を辞めて生活苦に。母が泣きながら親に借金を請う姿を見て育った。私は被害者の会やカウンセラーなどに出会い、怒りにまかせた凶行をせずに済みましたが、もし自分が山上と同じ境遇だったなら復讐の誘惑をはね返すことができただろうかと自問しています」

◆「怒りの矛先は、いつしか社会に向かっていた」

仏門系新宗教2世の30代女性も複雑な思いを明かす。

「宗教に入れ込む母への怒りはあったけど、どれだけ憎くても母は愛すべき存在で……。怒りの矛先は、いつしか私たちに手を差し伸べてくれない社会に向かっていました。

当時から、溜め込んだ感情をノートにびっしりと書き殴っていて、今では数十冊もあります。山上も同様にツイッターで気持ちを吐き出していたのではないか」

◆「彼の家庭環境を知れば知るほど、共感してしまう」

宗教問題に限らず、“毒親”で悩んだ人は、どこか山上と自分を重ねてしまうという。

「家が貧しく、私は16歳からバイトを始めたのですが、毎月のように父に給料をむしり取られ、すべてギャンブルにつぎ込まれていました。そんな父を殺したいほど憎んだし、もしそのお金がギャンブルではなく宗教に流れていたら、間違いなく標的は宗教に変わっていたと思う。

山上の家とは事情が違うけど、彼の家庭環境を知れば知るほど、共感してしまう」(30代女性)

◆「氷河期世代でなければもっといい人生だった」

41歳の山上容疑者が就職活動をした’02年は、若年失業率が10%台を突破していた時代で、就職氷河期だった。

山上容疑者は奈良県トップクラスの進学校に通いながらも、経済難で大学進学を断念。その後は自衛官を経て、非正規労働者として転職を繰り返したという。その経歴に同情する同世代は少なくない。

「僕も就活では何十社と落ち続け、やっと入れたのはブラック企業。パワハラで精神疾患になり、退職後は長く引きこもり生活を送りました。

今はなんとか障害者雇用で働けていますが、もし就職氷河期じゃなかったら精神疾患にならなかったんじゃないか、もっと人生がうまくいってたんじゃないかと考えてしまう。山上は資格を取ったりあがいていたと思う。でも、一度レールを外れると戻るのは本当に難しいから」(40代男性)

◆「彼のような存在を放置した社会には責任がないのか?」

現在、署名サイトでは山上容疑者の減刑署名活動も行われている。「私も署名しました」と話すのは、40代女性だ。

「新卒時は50社以上受けてどこにも受からず、ようやく就職できたのは手取り15万円ほどのブラック企業でした。そこを数年で辞めてからは日雇い派遣やバイトをしたりで、ずっと生活は苦しいまま。今は結婚して、裕福ではないけど少し生活は安定しましたが、山上容疑者は一人で闘い続けるしかなかったんだと思う。

彼のような存在を放置してきた政治や、無関心だった社会には何の責任もないのでしょうか? 彼一人を責めても社会の問題は解決しないし、同じような犯罪をする人が出るかもしれない。そういう思いから、署名をしました」

◆同じように殺人を犯してしまった人は……

どんな時代に生まれ、どんな境遇で育ったとしても、殺人を犯すなど言語道断だ。しかし、同じように殺人を犯した人は違う感情を抱くという。

「俺の父親は酒乱で暴力癖がひどくて、仕事もせずに酒を飲んで暴れるような人でした。母親は蒸発し、物心ついたときには父と父をかばう祖父母を殺したいとばかり思っていた。そして17歳のとき、酔っ払いに絡まれて仲間と2人でボコボコにして殺してしまい、少年院に入りました。

山上のようにフラストレーションが溜まっている状態なら、些細なことが引き金になって犯罪をやってしまうのは、正直わかるんです。パンパンに膨らんだ風船が破裂するみたいな感じで」(40代男性)

当然ながら、共感しても同じような犯罪をしようなどとは誰も思わない。しかし、私も含め、山上容疑者の凶行を「単なる異常者の行動」と片づけられない人がいるのも、また事実なのだ。

生きづらさを抱えた人にとって、彼はまるで自分を映す鏡のような存在になっている。

◆山上徹也が歩んだ半生(各種報道より作成)

【 ’80年(0歳)】
三重県で誕生後、幼少期は大阪府東大阪市で過ごす

【 ’84年(4歳)】
父親が自殺。家族で母親の実家がある奈良市内へ転居。兄が小児がんを患い、抗がん剤治療によって右目を失明。祖父、叔父が生活の支援を行う

【 ’91年(11歳)】
母親が統一教会に入信(叔父の証言/旧統一教会の発表では’98年)。父親の死亡保険金6000万円を献金

【 ’96年(16歳)】
奈良県内の名門高校に入学し、バスケットボール部や応援団に所属

【 ’98年(18歳)】
祖父が死亡。母親が祖父の建設会社を引き継ぐも、土地や自宅の売却代約4000万円を献金

【 ’98~’02年(18~22歳)】
経済難で大学進学できず、消防士を目指すが近眼が原因で試験に不合格

【 ’02年(22歳)】
海上自衛隊に任期付き自衛官として採用。母親が自己破産

【 ’05年(25歳)】
海上自衛隊在籍中に自殺未遂で入院。その後、任期満了で退官。測量会社でアルバイトをしながら測量士の資格を取得。派遣社員として仕事を転々とし、少なくとも8回の転職

【 ’09年(29歳)】
母親が引き継いだ建設会社が解散。叔父が世界平和統一家庭連合と交渉して5000万円を取り返すも、母親が再度献金

【 ’13年(33歳)】
兄が自殺

【 ’20年(40歳)】
京都府内の工場で働き始める。愛知県常滑市を訪問した家庭連合の韓鶴子総裁を火炎瓶で襲撃しようと計画

【 ’22年(41歳)】
同僚との口論をきっかけに無断欠勤が始まり、体調不良を理由に退職。直後に再就職も3週間で辞め、以降は無職

取材・文/週刊SPA!編集部

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