山口県阿武町が誤って新型コロナウイルス対策の臨時特別給付金4630万円(463世帯分)を1世帯に振り込んだ問題で、誤給付分全額を別口座に振り替えたとして電子計算機使用詐欺罪に問われた田口翔被告(24)の初公判が5日、山口地裁で開かれる。事件を巡って被告はツイッターで謝罪しているが、裁判では無罪を主張する方針だ。注目が集まる裁判で被告側は何を訴えるのか。
起訴状などによると、田口被告は4月8~18日、4630万円が誤給付だと知りながら、オンラインカジノの決済代行業者の口座に振り替えるなどして、不法に利益を得たとしている。
公判では、電子計算機使用詐欺罪の構成要件を満たすかどうかが主な争点となりそうだ。この罪が成立するには、コンピューターなどに虚偽の情報を入力し、不法な利益を得たという立証が必要となる。
被告側は「別口座に振り替えた際、虚偽の口座番号やパスワードなどは入力していない」と主張。弁護人の山田大介弁護士は「被告本人は反省しているし、別口座への振り替えは道義的には悪いこと。しかし、刑事裁判の判決は今後の基準になるものであり、法律家の使命として無罪を主張する」と語る。
一方、検察側は、4月8日に町から返金を依頼されたにもかかわらず、被告が自己資金と装ってオンラインで振り替えるなどした行為は虚偽情報の入力に当たると判断した。
誤入金を巡っては、最高裁で民事と刑事で異なる判断が示されている。
1996年の民事裁判では、膨大な資金移動を担う銀行には正しく振り込まれたかを判断する仕組みまでは取り入れられていないとして、誤入金された現金を「その時点では受取人のもの」と認めた。一方、2003年の刑事裁判では、誤入金された現金を事実を告げずに銀行窓口で引き出す行為は銀行員をだましたことになり、詐欺罪に当たると認定した。
被告側は96年の最高裁判決を根拠に、自己資金を振り替えただけで不法な利益は得ていないとして無罪を主張する方針だ。03年の判決に対しては「スマートフォンを使ってオンラインで別口座に振り替えた。その際に聞かれる情報は口座情報などであり、誤って振り込まれたものかは聞かれていない。対面でない中で、伝える義務があるとまで言えない」などと反論する。
検察側は「口座にある現金は銀行が保管しているものであり、誤給付と告げずにだまして自分のものにする行為は罪に当たる」と主張している。
町は誤給付分全額を既に回収済みで、被告に返還を求めた民事訴訟は9月、解決金約340万円を町に支払うことなどで和解が成立した。被告はツイッターで「大変ご迷惑をおかけし、本当に申し訳ない」と謝罪した。
捜査当局の関係者は、今回の事件を「珍しい事例」とした上で「全く何の罪にもならないのはおかしい。慎重に話し合い、電子計算機使用詐欺罪に当たると考えた」と明かす。
甲南大の園田寿(ひさし)名誉教授(刑法)は「03年の最高裁判決は詐欺罪だが、今回は電子計算機使用詐欺罪で、罪の構成要件が異なる。民事の最高裁判決で認められた誤給付分の送金行為を、同罪の成立要件である『虚偽情報の入力に当たる』とするのは少し無理があるのではないか」との見方を示す。【福原英信】