ロシア軍はわざと市民を攻撃している!? 現地ジャーナリストが語るプーチンの非道

◆ウクライナ4州の併合を宣言、核兵器使用を示唆し、戦争犯罪を繰り返すロシア

9月以降、反転攻勢を加速させるウクライナ軍は、ロシアに占領された東部地域の要衝を次々と奪還している。

この動きに呼応してプーチン大統領は9月21日、予備役30万人の動員(徴兵・徴用)を開始。これに反対するデモが起き、動員から逃れるために国外に脱出する国民が近隣国との国境に長蛇の列をつくる事態になった。

さらにロシア軍が占領しているウクライナ南東部の4州では、占領軍による監視のもとでの住民投票を強行。その結果、ロシアへの併合賛成が大多数を占めたとして9月30日、プーチン大統領は併合を宣言した。

同時に、あらためて核兵器使用の可能性を示唆して世界に脅しをかけている。相変わらず民間施設や民間人を標的に攻撃し、占領地では住民を拘束して拷問するなどの人権侵害、国際法違反を繰り返すロシア。

それにもかかわらず、ロシアの犯罪性を薄めて被害者のウクライナをたたく一部の人が存在する。背後にいるアメリカやNATOがすべて悪いと主張し、それに対抗するプーチン大統領はヒーローだ、などという「陰謀論」を信じている人もいる。

◆現場を完全に無視し、ロシアとウクライナを同等に扱う人々

だが、ここで取り上げるのはそれとは少し違う種類の人たちだ。

日頃から反戦平和、反差別、人権尊重を訴え、「侵略はいけない」と枕詞を述べたうえでロシアの非道を矮小化し、抵抗するウクライナ人たちを貶め軽んじることに血眼を挙げている人たちのことである。

ウクライナが抵抗するから殺される、どっちもどっち論、NATOが悪い、アメリカとロシアの代理戦争、ウクライナに武器を送るな……など、さまざまな意見を彼らは表明している。

共通するのは、①当事者であるウクライナ人と現場を完全に無視していること、②侵略者と抵抗者を同列に扱っていること、の2点だ。

現場で何が起きているか、そこに住んでいる人々は何を思いどう過ごしているのか。彼らの脳内では、これらが決定的に欠落している。

そのような状況でフリージャーナリストの志葉玲氏は、現地を取材し『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和~戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)を上梓した。

本書には、いつ、どこで、誰が、どのように、何を経験したか(あるは何を見たか)が記述され、圧倒的に「固有名詞」が多い。一人ひとりの人名、地名、組織団体名などの背後には、さまざまな出来事と人生があるのだ。

当事者を無視した議論が多い中、現地を見てきた志葉玲氏にじっくりと話を聞いてみた。

◆水を求めて外出した人々がロシア軍の狙撃兵に撃たれて死亡

志葉氏は、首都キーウ、虐殺が起きたブチャ、首都近郊の激戦地イルピンやボロディンカ、ロシア軍の激しい攻撃を受け続ける第二の都市ハルキウなど、精力的に現地を回った。

虐殺の町ブチャでは、生き残った人々の話を丁寧に拾っている。この地で起きた悲劇のキーワードは「水」だ。志葉氏が言う。

「住民のボロディムさんはこう話してくれました。『攻撃で電気や水道が止まり、生きるため私たちは水を探しに外出せざるを得ませんでした。そして、何人もの人々がロシア軍の狙撃兵に撃たれて死んだのです。私の知人ニコライも、頭を撃たれて死にました』。水を得るために、命を落とした住民が何人もいるんです」

ブチャを訪れたときに印象に残ったのが、亡くなった母親を父親とともに埋葬しいてた10歳のボバくんという少年だという。

「母親のマリーナさんは、ロシア軍の爆撃の衝撃や大音量で心臓麻痺を起こして亡くなりました。私も戦場で、爆撃の衝撃と音のすごさを経験しているのでわかります。音というより衝撃波で内臓が揺さぶられ、骨がきしむような感じです」

この話を聞いて、福島原発事故における“原発関連死”“震災関連死”を思い起こした。直接の攻撃や虐殺で犠牲になる以外に、おそらく相当な関連死の存在が類推できるからである。

ブチャでは、大量の虐殺遺体が発見され、後ろ手に縛られたまま後頭部から撃たれた遺体、明らかに拷問の跡がある遺体も多数発見されている。その後、ウクライナ軍に奪還された東部の町でも同様なことが明らかになった。

◆現地取材をしているからこそわかる、戦時下の人々の生活

攻撃が激しかったハルキウ市民の生活はどうだったのだろうか。

「私がハルキウを訪れていた当時は、学校も攻撃されていたので授業はできず、せいぜいリモート授業でした。だから友だちと会えないのですが、避難場所になっている地下鉄駅の学校では友だちに会えると、子どもたちが喜んでいました。

それから、ウクライナの人は猫や犬を飼っている人が多いので、一緒に避難します。地下鉄の避難所には、なんと“猫部屋”もありましたよ。

シェルターや地下鉄に避難している人が多いとは情報で知っていましたが、水族館(ハルキウ・イルカ館)も家を失った人々の避難場所になっていたとは知りませんでした。

このイルカ館に行った時、それほど遠くないところに着弾したので落ち着いて話せる状態ではありませんでしたが、飼育係の青年は、『イルカも怯えてプールの底にとどまり、なかなか水面のほうに来ようとしない』と話してくれました」

これらは現場にいないと知りようがない話である。激戦のハルキウ地区では、逃げられない人(あるいは逃げない人)が残されている地区に、危険を冒して水や食料を運ぶボランティア団体がある。ここを志葉氏が取材したとき、支援物資の中から日本のラーメンを見つけたという。

「団体の広報担当者からは、日本からの募金が実際に役立っていて本当に感謝している、とお礼を言われました」

8000km離れたウクライナと日本がつながっている。

ラーメンがどうしたの? 地下鉄の学校なんて戦争中だからありそうだよね? 猫の家なんてどうでもいいでしょ、イルカの水族館も……。こう言う人もいるかもしれないが、それは違うだろう。

現地取材をするジャーナリスト、人道支援活動家、医療支援者、ボランティア活動従事者、最前線で戦う兵士、パルチザン、避難民、地元住民……。関わったすべての人々による「ある時、ある場所」の小さな記録の積み重ねが、やがて「歴史」になるのだ。

◆ロシア軍はわざと市民を攻撃している!?

こうした現地の人々と時間と空間をともにした志葉氏の話と、日本で展開されている当事者不在の議論との隔たりを感じざるを得ない。

たとえば、民間人を含めた無差別攻撃について「ウクライナのネオナチの集団虐殺からロシア系住民を守るための特別軍事作戦である」とロシアが一貫して主張している。

しかし、当初から長期間激戦となっているハルキウ州では、戦争前は住民の3人に1人以上は第一言語がロシア語だった。そのハルキウ周辺に激しい攻撃を仕掛けることは、「ロシア軍がロシア人を殺している」ことに等しい。

キーウ、ブチャ、イルピン、ボロディンカ、ハリコフを実際に見て、人々から話を聞いた志葉氏はきっぱりという。

「実際の市民の被害の大きさから見て、実は無差別に攻撃しているのではなく、『ロシアに逆らうな』と恐怖を植えつけるためにわざと市民を攻撃しているのではないかとすら思います。

特にブチャでの虐殺は本当にひどいものでした。独裁者が侵略戦争を開始し、国際人道法違反である市民への攻撃を繰り返すという点で、むしろウクライナよりもロシアのほうがナチズムに毒されているのではないか」

ところが、冒頭にあげた一部の人たちは、そうは思わないようだ。

◆ウクライナ側に非があるかのように主張する「反戦市民派」

開戦当初、「1万5000人のロシア系住民が、ウクライナ軍やウクライナのネオナチにより一方的に虐殺されている」というロシアのプロパガンダが拡散されていた。しかし、実際はから双方からの攻撃による犠牲者であることは、国連機関や国際人権団体の調査報告書を読めば歴然としている。

ロシアのプロパガンダは相当な威力があり、ブチャの虐殺にしても「ウクライナ政府の自作自演」などと主張し、「死体が動いている」といった荒唐無稽な内容がSNSで拡散された。ネトウヨや陰謀論者だけでなく、識者たちもそれをリツイートしていた。

「ふだん『平和主義』や『護憲』を唱える層の中にも、こうしたロシアのプロパガンダに影響されてしまっている人々がいる」と志葉氏は警告する。中でも重大な例として指摘するのは、ロシア研究者や国際政治学者などでつくる「憂慮する日本の歴史家の会」である。

特に同会発表の声明文(5月9日、第二次声明)が問題だという。

「『キエフ近郊の町ブチャでの市民の遺体が発見されるや、ロシア軍の戦争犯罪を非難する声が上がり、ウクライナ軍は怒りに燃えて、さらなる戦闘へ向かっている』と、戦争が続いているのはウクライナ側に非があるような主張をしています。まるで、プーチン大統領の代弁者です。

何よりも、プーチン大統領側の責任にまったく言及せず、ゼレンスキー大統領側や米国に戦争の責任を負わせていることが大問題だと思います」

これに筆者が付け加えるなら、停戦は求めても侵略軍の撤退をまったく要求していないことに、この声明の本質がある。

侵略の現場をまったく理解していない「第二声明」の署名者には、浅田次郎(作家)、吉岡忍(ノンフィクション作家・元日本ペンクラブ会長)、田中優子(元法政大学総長)、岡本厚(元岩波書店社長・元「世界」編集長)、伊勢崎賢治(東京外国語大学教授)、上野千鶴子(東京大学名誉教授)、西谷修(東京外国語大学名誉教授)ら各氏がいる。

このような事態は、今後の日本の平和運動や護憲運動にも暗い影を投げかけるだろう。

文/林克明(はやし・まさあき)

写真提供/志葉玲(しば・れい)
フリーランスジャーナリスト。2003年3月、イラク戦争開戦直後に現地を取材、それ以降、イラクやパレスチナなど中東の紛争地取材を重ねてきた。今年4月に、ウクライナでの現地取材を敢行。同8月にウクライナ取材を収録した『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)を上梓。

【林克明】
ノンフィクション・ライター。週刊誌記者を経てフリーに。ロシア・チェチェン戦争を16回現地取材し『ロシア・チェチェン戦争の628日~ウクライナ侵攻の原点に迫る』(清談社パブリコ・第3回小学館ノンフィクション賞優秀賞作品の増補改訂版)を上梓。ほかに『増補版プーチン政権の闇』(高文研)、『不当逮捕~築地警察交通取締まりの罠』(同時代社)など