「こちらは東京地方裁判所です。証拠保全の執行に来ました」
ガラス張りの外観に高さ250メートルの威容。東京・六本木の街中でもひときわ目立つ「住友不動産六本木グランドタワー」15階に入居する「エクシア合同会社」(以下、エクシア)の受付に朗々とした声が響いたのは10月3日12時30分のことだった。
声の主は東京地方裁判所民事第8部の裁判官。「証拠保全」とは、原告側の申請に基づき、裁判所の認可を経た上で裁判官が執行官となり、原告弁護士とともに現地に赴いて被告側の手元にある証拠などを写真などに収めて記録することだ。医療訴訟の現場などで、病院側のカルテの改竄を未然に防ぐために、原告となる患者側からなされることが多い。
エクシアは現在、出資金の返還を求める数件の訴えを抱えている。今回の証拠保全の執行は、民事裁判の過程で生じた手続きだ。
事前に実行日時などは通知されているため、その気になれば証拠改竄をすることも、十分な対応策を練る時間もある。つまり「証拠保全」が抜き打ちで行われることはない。ゆえに、証拠を差し押さえられる側もそれなりの準備をしてから実行日を迎えるのが普通だ。当然、裁判官による証拠保全作業はさしたる抵抗もなく、粛々と進むのが通常である。
しかし。
受付の従業員は「対応をしておりますので」と答えるばかり
結論からいえば、エクシアは東京地方裁判所の裁判官による証拠保全手続きを拒否した。裁判官が何度も証拠保全の趣旨を説明し、対応を求めようとしても、受付の従業員は「対応をしておりますので」と答えるばかり。そのうち従業員は無言でカメラを取り出し、受付のデスクの上に置いて証拠保全に立ち会う関係者を動画に収め始めた。
裁判官が幾度となく法律にのっとった執行であることを説明しても、受付は「対応をしていますので」の一点張りだった。業を煮やした裁判官は「東京地裁のです。事前の通知をしておりますよ。担当者を出しなさい」とやや口調を強め、自らの身分を強調するように自分の名刺をカメラのレンズに近づけた。
「一体どうなっているんだ」裁判官は思わずそうこぼした
「一体どうなっているんだ」裁判官が思わずこぼしたセリフには、異常な対応を繰り返すエクシアへの怒りが滲んでいた。
担当者の現れぬまま、時刻が13時を回った頃だった。仕方ないな、とひとりごちた裁判官は、同行した書記官に時間を記録するように指示し、受付の前を通り過ぎ、オフィスに連なる廊下に赴いた。
「当裁判所(東京地裁)は申立を理由あるものと認め、次の通り決定する」
こう声を張り上げ、裁判所が保全を認めた「証拠」の項目を読み上げていく。それは「会社定款」から始まり、「菊地翔(「エクシア合同会社」代表社員)宛の役員報酬明細書」、「エクシア合同会社名義の銀行預金口座、証券取引口座の取引履歴」など。保全の対象になった項目は20に及んだ。
裁判官の朗読が終わってもなお、エクシアの担当者はあらわれない。異様な状況の中、裁判官は「(証拠保全の執行について)拒絶ということでよろしいですか」と確認し、「それでは、以上の検証目録、物件について提示命令を出します」と宣言した。
裁判官の心証をどれだけ損ねようが、協力する義理はない
そもそも証拠保全の執行に強制力はなく、裁判官立ち合いの元、原告側弁護士の求めに応じ、被告側が求められた証拠を提示する――あくまでそういう“紳士的”な執行作業なのである。紳士的な取り決めにとどまるとはいえ、裁判所が必要と認めた証拠を、裁判官立ち合いのもとで吟味するということの意味は大きい。
証拠保全の執行は、係争中の裁判について判断する裁判官が担う。つまり訴訟の全関係者が一堂に会するようなもので、その場での落ち度は裁判官の心証に直結し、先々の判決に影響を与えかねない。普通はそう考える。
しかし、訴訟に自信があったり、初めから裁判の結果など思案の外だとしたらどうか。裁判官の心証をどれだけ損ねようが、証拠保全などに協力する義理はない……そういう考えが浮かんでもおかしくはない。東京地裁の担当者を迎えてもなお、異様な“対応”を続けているエクシアという会社は、自信があるのか、はたまたハナから訴訟を投げているのか。
“天才的なトレーダー”として才能を開花させたという伝説
「エクシア合同会社」の設立は2015年にさかのぼる。代表社員(株式会社における代表取締役にあたる)の菊地翔は1977年生まれ。東京モード学園を卒業後、6年半の間にFX取引を独学で学び、“天才的なトレーダー”として才能を開花させたという伝説がある。
同社の“出資者”はおよそ5000人、実に530億円以上の資金を集めている。莫大な出資金を集めた錬金術はさほど複雑ではない。端的にいえば、「貸付」と「投資」の単純なスキームである。以下に説明しよう。
投資の世界ではあり得ないようなパフォーマンス
まず「合同会社」であるエクシア本体が、社員権販売の名目で出資者を募る。次いで集めたカネを、シンガポールにある子会社の「エクシアプライベートリミテッド」に貸し付け、運用させる。そこで生じた運用益と、貸し付けの返済金がエクシア本体に入る。さらに、同じく投資を主な業務とする「エクシア・アセット・マネジメント」と「エクシア・デジタル・アセット」の2法人が存在し、どちらも会計上は子会社になっている。
子会社を通じて資産や株式の売り買いして利益を上げるというのが、エクシアという会社のビジネスモデルである。金融取引業者が出資者を募るのはハードルが高い。しかし、「合同会社」にすれば、金融取引会社などに課せられる”縛り”から解放される。「アセット・マネジメント」と「デジタル・アセット」の2社は当然、金融取引業の免許を取得している。が、実質的にファンドに等しいエクシア本体は合同会社という形態を取り、金融取引業などの免許は取っていない。
金融庁の軛を避けるために「合同会社」の体を取るというのは過去にも例がある。「社員権」を売りさばいては出資を募り、社業の実態などないまま配当金だけが膨らんでいく。資金が回らなくなり、やがて出資者にリターンを払えなくなったとして詐欺事件に発展したケースは少なくない。
かように「合同会社」は怪しげなスキームをとりがちだ。だが、それでもエクシアは500億円以上もの金を集めた。それだけ投資家の支持を得たのだ。なぜエクシアがこれほどの集金力を誇ったのか。詳細は後述するがエクシアの運用益、パフォーマンスは、投資の世界ではあり得ないような数字が並ぶ。
2016年から2019年までの年間運用利回りを列挙する。
2016年 97.36% 2017年 43.84% 2018年 43.99% 2019年 35.33%
驚くべき数字であり、これだけのパフォーマンスを見せられれば、このゼロ金利の時代、少々の怪しさに目をつぶってでも投資したくなるのが人情か。
お気に入りのキャバ嬢と高級シャンパンを開ける様子を連日アップ
エクシアへの投資が急増した背景にはコロナ禍もある。多くの個人、事業者の中には、補助金で“コロナ太り”した者たちも少なくない。降って湧いた“コロナマネー”はもともと行き先を探していた。そこにエクシアの魅力的なパフォーマンスを見せつけられれば、カネの行き着く先はおのずと決まったようなものだった。
エクシアの膨張と比例するように、幹部らの行動も派手さを増して行く。自称“天才的なトレーダー”菊地翔はインスタグラム上では“かけるん”というハンドルネームで活動していた。お気に入りのキャバ嬢と高級シャンパンを開ける様子を連日アップし、一晩で数千万円を使うようなことも珍しくなかった。
2021年に放送された日本テレビ『それって実際どうなの課』において、バブリーな生活を紹介されたのはエクシアの営業ヴァイス・プレジデント北川悠介だ。タレントが訪ねた北川の自宅は家賃125万円と紹介されていた。台所にはルイ・ヴィトンのストローがあり、シューズクローゼットは同じくヴィトンの靴で埋めつくされていた。メルセデス・ベンツのカスタマイズは2台あわせて6200万円。一般企業のサラリーマンでは到底考えられぬ生活ぶりだ。
極めつけは同社シニア・ヴァイス・プレジデントにして菊地に次ぐナンバーツーの関戸直生人だろう。2020年5月3日、《「エクシア合同会社」ナンバー2 関戸直生人による会社説明会と出資勧誘》と題された動画がYouTubeに投稿された。約1時間40分にも及ぶ関戸の独演会は、興味深い話題と要素がちりばめられていた。
動画の冒頭、関戸はいきなり自身の2020年3月の給与明細を公開する。そこには「差し引き支給額」として271037786円という数字が刻印されていた。位をつけよう2億7103万7786円である。年収ではない。月収だ。次いで関戸はこともなげに言う。
「今年だけでも税金は4、5億円は払っていると思うよ」
「来年中には1000億円を越えるかもしれない」
この動画の公開時点で、出資者は累計で4152人。出資総額は170億円と説明している。毎月10億円から20億円のペースで出資は増えており、このままのペースだと「来年中には1000億円を越えるかもしれない」とも語り、この驚異的な実績をこんなふうにたとえた。「簡単にいうと、100万円を出資すると、それが年間35万円から60万円増えるっていうイメージですね」
それだけ自信を持って薦めているし、自らの母や祖母も投資していると笑って見せた。動画の中の関戸は、終始自信に満ちている。申し込みはインターネットで簡単にできると前置きし、エクシアへの投資手続きはすべてシンプルだと主張した。
「解約もすぐできるし、利益出金申請もできるんで」
シンガポール法人は債務超過に陥っていた
月給2億7000万円の男の言うことはどこまでもいいこと尽くめだった。しかし、エクシアの莫大な利益の稼ぎ頭であるシンガポールの現地法人の決算書を見ると、エクシアの謳う驚異的なパフォーマンスや関戸の甘言がにわかに信じられなくなる。
シンガポールの現地法人「エクシアプライベートリミテッド」の2017年から2018年の決算書の「TOTAL ASSET」(資産)の項目には「4236シンガポールドル」と記載されている。当時の為替相場で1シンガポールドルはおよそ81円。つまり、同社の資産はわずか「34万円」に過ぎない。またその決算書の「TOTAL LIABILITIES」(負債)の項目には「115821」とあり、円換算でおよそ938万円の負債があることもわかった。
つまり、この時点でシンガポール法人は債務超過に陥っていたのである。そんな状態の法人を抱えるエクシアは、2017年と18年でそれぞれ43.84%、43.99%の利回りを叩き出している。
究極の自転車操業詐欺“ポンジ・スキーム”にあたるのではないか?
こんなことが通常の投資ファンド経営で可能なのだろうか。
先の動画の中でエクシアのナンバーツーである関戸は、解約希望には簡単に応じること、利益出金申請にもすぐに応じると明言していた。ところが、2022年の5月頃から出金の申請対応を渋り始めている。
高利回り高配当、随時解約、即座に出金――魅力的な宣伝文句を謳ってきた会社が、今年になってカネを出さなくなった。これは一体どういうことか。出資者たちも不審の念を抱き始めた。冒頭でも記した通り、返金や利益出金を求める訴訟が同社に対して増え続けている。
エクシアの事業は“ポンジ・スキーム”にあたるのではないかとかねてから囁かれてきた。希代の詐欺師チャールズ・ポンジに由来するこの詐欺は、最初に出資した者たちに、後から出資された出資金をあたかも運用益のように騙って払い続ける究極の自転車操業詐欺である。
エクシアは投資の世界では異常ともいえる高パフォーマンスを騙り、次々に出資者を募ってきた。引きも切らない新規の出資金は、既存の出資者に運用利回りの成果として配当されていたのかもしれない。
2022年5月20日。出金の制限が続くエクシアで、あるレセプションがあった。YouTubeで柔軟な出金対応をしていると胸を張っていた関戸の発言に注目が集まらないはずはなかった。
「昨秋からエクシアはひどい風評被害にあっている」「エクシアは事業会社であり、詐欺会社ではない」
関戸はそう繰り返した。しかし出資者から、「解約にも応じる、出金申請にも応じると言っていたじゃないか」と質問が飛ぶと、「ご迷惑をおかけしている」と言うばかり。なぜカネを出し渋るのかの理由については語ることはなかった。
東京の一等地に立つ一流ビルから撤退か?
筆者がここまで書いたところで、ある大手不動産会社の関係者から連絡があった。
「六本木グランドタワー15階、1020坪の募集がかかっています。契約開始は来年の5月となっています」
住友不動産六本木グランドタワー15階は、エクシアとその関係会社で占められている。その契約が来年5月で切れるという。東京の一等地に立つ一流ビルへの入居は、エクシアという会社にとっては成功の証であり、信用そのものだったはずだ。その場所を去るということは何を意味するのだろうか。
なぜ証拠保全の執行を拒んだのか、出資者たちの訴えをどう捉えているか、エクシアに取材を依頼したが、今に至るも対応はない。
(児玉 博/Webオリジナル(特集班))