岐阜、長野両県にまたがる御嶽山(3067メートル)の噴火から27日で5年が経過した。宿泊客が一時は激減した岐阜県下呂市の濁河(にごりご)温泉の旅館は、近くの高地トレーニング施設の利用者を呼び込んで復活し、登山客も戻りつつある。一方で防災関係者からは「記憶の風化」を懸念する声も聞かれるようになった。
■復活
「大分」「群馬」「神戸」。平日だった26日の昼下がり、濁河温泉登山道の出入り口駐車場は、他県ナンバーの車であふれていた。下山してきた埼玉県の男性(67)は「立ち寄った(9合目の)五の池小屋は登山客でいっぱいだった」という。
出入り口から徒歩2分の所に旅館「湯の谷荘」がある。経営者の江間良平さん(75)は「今年の大型連休から本格的に登山客が戻った」と話しながらも、表情は複雑だ。「『山登り』を捨て、生き残った」というほどの決断をしたからだ。
1971年の開業以来、御嶽山の恩恵を受けてきた。噴火当時、宿泊客の9割は登山者だった。噴火を受け予約客約200人がキャンセルした。「宿をたたむ覚悟をした」。廃業に追い込まれた同業者もいるという。
しかし、近くにある「飛御嶽高原高地トレーニングエリア」に目を付けた。噴火で激減した宿泊客を補うため、東京、大阪、名古屋の利用者を新規開拓した。来年の東京五輪・パラリンピックを前に施設は活気づいており、宿泊客の9割を実業団や大学、高校のアスリートたちが占めるようになった。「この5年、アスリートたちに助けてもらった」という。
今年は長野県木曽町を経由して山頂に至るルートの入山規制が、時期限定で解除された。旅館へは登山者の予約問い合わせも徐々に増えているが、満室で断ることもある。「折り合いをつけ、登山者も受け入れられるようにしたい」
■風化
岐阜県山岳遭難・火山対策室の宮前良一室長は、体験の風化を懸念する一人だ。
御嶽山ふもとの住民向けに行った昨年の勉強会で、参加した男性から本音が漏れた。「自分が生きている間はもう噴火はないだろう」。噴火から1~2年は勉強会に多数集まったが、最近は同じ顔ぶれ。「歯が痛くならないと、歯医者に行かないようなもの」と嘆く。
だからこそ、地元小中学生への火山防災の教育に注力する。児童生徒に活火山に関する知識を伝え、家庭・地域などで話題に上ることを期待する。また、3~4年で多くが交代する防災担当職員に対しても勉強会を開き、危機管理意識の維持を図っている。宮前室長は「びくびくしながらの山登りは楽しくないだろう。正しい情報で活火山を恐れてほしい」と訴える。【岡正勝】