[まさか私が 与那覇岳遭難](上)
残った食料は1個のあめ玉。1月31日夜、山の寒さに凍える体を少しでも温めようとぎゅっと膝を抱え、「絶対に助かる。帰れる」と自分に言い聞かせた。 この日の朝、今帰仁村の自宅を出発したタカシさん(72)=仮名=は国頭村に向けて車を走らせた。
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■「1人で登って帰れる」と過信
定年後の趣味は山登り。毎年名護市の嘉津宇岳を登り、登山には慣れている。1週間前にたまたま通りかかった山道で目にした登山口が心に火を付けた。
標高503メートル、世界自然遺産登録地にある沖縄本島最高峰の与那覇岳。登ったことはなかったが「自分の体力と経験があれば、1人で登って帰れる」自信はあった。遭難するとは、想像もしなかった。
午前11時ごろ、登山口に到着。入り口横にあった「注意、遭難多発」の看板を横目に入山した。初めは道幅も広く比較的平らだった道も、30分ほど歩くと低木の竹藪(たけやぶ)が生い茂る獣道になった。段差をよじ登り、道をふさぐ倒木をくぐりながら前に進んだ。
「なかなか骨は折れたけど、世界遺産に登録された森だけに、空気は澄んでいておいしかった」。鼻腔(びこう)をくすぐる山の匂いを感じながら、正午には最高到達点の標高498メートルの山頂に到着した。
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■「どこだここは」
山頂で持参したおにぎりを食べ、10分後に下山を試みた。来た道を戻るだけだから、約1時間で登山口に着くはずだった。
「あれ、この道通ったかな」。なぜか往路とは別の道に出ていた。山頂から出直そうと戻ったが細い側道に入り込み、さらに迷った。密集した竹藪に方向感覚を奪われながらも手探りで歩き続けた。
下山開始から2時間近く。米軍施設を示すとみられるくいなどはあったが、帰路に至る道が見つからない。「どこだここは…」と独りごちる。ふと水の音が聞こえた方向に歩くと、山あいの沢に出た。
■携帯電波入らず日没
不安がよぎり、自宅にいる息子のマコトさん(45)=仮名=にスマートフォンでメッセージを送ろうとした。「道に迷って沢を歩いています」。だが電波が入らない。遭難の2文字が、初めてリアルによぎった。
携帯ラジオのニュースが午後6時の時報を告げた。日は沈みかけ、「ここで一晩落ち着くしかないか」と安全確保のため、沢から約2メートル上った開けた場所に枯れ葉を敷き詰め、腰を下ろした。
この日の与那覇岳付近の気温は12度。体感はもっと寒く感じた。リュックサックを背負い、ズボンをはくように厚手のブルゾンの袖に足を通して暖を取り、膝を抱えてじっとした。
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日が沈むと辺りは真っ暗。世界遺産の森では火器類の使用が規制されており、持ち合わせていない。
目の前の森の向こう側から、米軍ヘリや訓練の音が午後8時ごろまで聞こえた。木々の間からこぼれる月明かり、水面に反射する月光が少しだけ心を落ち着かせてくれた。「プラス思考で、帰ることだけを考え続けよう」。唯一の食料、あめ玉1個を口に運ぶとそう決意した。
◇ ◇
1月31日昼から2月1日にかけ、国頭村与那覇岳を登山していた今帰仁村の72歳男性が遭難し、約25時間後に救助された。遭難の経緯や不安、待つ家族の思い、救助活動などを振り返り、登山の怖さや注意点を考える。
(社会部・比嘉海人)
<中>に続く
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