旧陸軍大刀洗飛行場(福岡県朝倉市、筑前町、大刀洗町)を狙った78年前の大刀洗空襲の犠牲者を悼む行事が26、27の両日、朝倉市と筑前町であった。
1945年3月27日と同31日の米軍による大空襲で、飛行場と関連施設、民家などは壊滅状態となり、犠牲者は600人とも1000人を超えたとも言われている。
朝倉市のピーポート甘木では26日に「頓田の森ぴーすきゃんどるナイト」が開かれた。集団下校中だった立石国民学校の児童31人が米爆撃機B29の爆弾で命を落とした「頓田の森事件」を語り継ごうと、市民グループ「頓田の森ぴーすきゃんどるの会」(釜堀茂代表)が主催し、16回目。
事件で一緒にいた兄を亡くした中野公子さん(83)は「ウクライナの状況が当時とダブる。3月になると、いまだに血の匂い、土の匂いがどこからともなく覆いかぶさってくる。戦争はむごい。体験を聞き、平和を考えることは大事なことです」と話し、ハーモニカを演奏した。
姉を亡くした板部伊都子さん(84)が、犠牲になった児童一人一人の名前を読み上げ、全員で黙とうした。
27日は身元確認不能の遺体を住民らが埋葬した筑前町の熊ケ山の「平和の碑」に町が献花台を設け、訪れた人たちが手を合わせた。
田頭喜久己町長も花を手向け「国際情勢が厳しい時だからこそ、立ち止まって平和の尊さを考えなくてはならないと思う」と語った。
同町立大刀洗平和記念館は同日夜、平和のメッセージが書かれたキャンドルを零戦前広場でともし、零戦をライトアップした。【桑原省爾】