暗号資産脱税の監視強化、業者が節税セミナーで指南か…参加者「信じてしまった」と後悔

専門家「取引前に知識得て」

急拡大する暗号資産(仮想通貨)取引を巡り、検察、国税当局が脱税への監視を強めている。東京地検特捜部が摘発した所得税法違反事件では、海外貿易会社幹部らが「節税セミナー」を開催し、顧客に脱税を指南していたとされる。専門家は「納税ルールを理解しないまま取引を行えば、トラブルに巻き込まれる恐れもある」と警鐘を鳴らしている。(白井亨佳、浅見徹)

「アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで決済すれば納税回避できる」
2017年冬、東京都内のビルで開かれた「節税セミナー」には、暗号資産を保有する男女約30人が集まった。講師を務めたのはドバイに本店を置く貿易会社「KPT General Trading LLC」の代理店業務をしていた吉田毅被告(49)(所得税法違反などで起訴)。「節税」の構図を熱心に説いていた。
参加者から「税法上問題ないのか」と問われても余裕たっぷりに「大丈夫」と答える吉田被告。顧客を信用させる狙いからか、スキーム(枠組み)の発案者として同社日本支店代表・多和田真一被告(72)(同)の名を挙げ、「税を知り尽くしたすごい方」と強調してみせた。
だが、特捜部や東京国税局などの調べで、顧客の暗号資産は日本国内で換金されていたことが判明。多和田被告は昨年6月~今年3月、取引で生じた所得をKPTに帰属するように装い、顧客の申告から除外する手口で計約5億円を脱税したなどとして4度起訴された。
関係者によると、多和田被告は暗号資産とKPT株を交換するとの虚偽の契約を顧客と結び、手に入れた暗号資産を現金化。そのうち約8%の手数料を差し引き、貸付金名目で顧客に送金していたという。
セミナーの参加者は取材に「節税はウソで、手数料をだまし取られたようなものだ」と憤る一方、「課税ルールを理解せずに相手を信じてしまった」と後悔を口にした。
この事件では、KPT側のほか顧客側計6人も起訴されている。特捜部は、脱税の意図を持って多和田被告らに近づいた顧客もいたとみており、ある検察幹部は「知識もないまま加担し、発覚しないと高をくくっていたのだろう」と話した。

国税庁が17年に公表した見解によると、暗号資産取引で得た利益は「雑所得」で、年20万円超の場合は確定申告が必要だ。
同庁は19年、全国の国税局に暗号資産を調査する専門チームを設置。20年3月には金沢国税局が、暗号資産取引を巡り約7700万円を脱税したとして、石川県の会社役員を所得税法違反容疑で刑事告発した。
金沢地裁で有罪判決を受けた役員側は、名古屋高裁金沢支部の控訴審で「利益の算出が複雑で所得を申告できなかった」と脱税目的を改めて否定したが、高裁支部は「税理士に依頼して申告できた」と 一蹴 (いっしゅう)。役員は有罪判決が確定している。

同庁によると、21年分の確定申告で、暗号資産取引に絡む申告をしたのは約8万人。ただ、日本暗号資産取引業協会によると、国内には今年1月時点で約646万の暗号資産口座があり、国税関係者は「申告している人は一部にすぎない可能性がある」とみる。
インターネット上には「海外の取引所を使えば課税されない」といった誤った情報も出回っている。同庁では、ホームページで暗号資産の課税に関する質問とその回答例を公開しており、適切な納税を促している。
国税OBの坂本新税理士は「暗号資産の利用者が増えれば、それに群がる悪徳業者も出てくる。取引を始める前に、納税ルールの正しい知識を得てほしい」と呼びかけている。
◆暗号資産=インターネット上で取引される仮想のお金。通貨と違い、紙幣や硬貨は存在せず、交換業者に口座を登録して入金すると購入できる。ビットコインやイーサリアムなど国内外で2万種類近くが確認されており、価値が大きく変動することから、投資目的で購入する人も増えている。