来春卒業予定の大学生の採用活動で1日、面接などの選考が解禁された。人材獲得競争が過熱する中、一部企業で選考の最終段階などに大学の推薦状を提出するよう学生に求める「後付け推薦」が行われ、大学側が問題視している。提出すれば選考で有利になるが、内定を辞退しづらくなり、職業選択の自由を妨げる恐れがあるためだ。専門家は「学生の心理につけ込んだ新たなオワハラだ」と批判する。(教育部 平出正吾)
首都圏の男子大学生(22)は今年2月、精密機器大手の早期選考で最終面接を通過後、人事担当者から電話を受けた。内容は、推薦状を提出すれば内定はほぼ確実だが、提出しない場合は6月にも面接を受けてもらい、その時点で内定者数が足りていれば内定は出せない、とのことだった。男子学生は、推薦状を出さないと内定を確約しない姿勢に不信感を覚え、結局、推薦状を提出しなかった。「あの会社で働く気をなくし、ほかの会社への就職を決めた。未練はない」と振り返る。
複数の大学によると、こうした後付け推薦に関する相談は5年ほど前から寄せられ始め、近年は件数が増えているという。中には年間100件以上に上る大学もある。
文部科学省によると、大学の推薦状は元々、主に理系学生が学校推薦枠で就職する際、企業に提出するために発行されている。ところが、後付け推薦は文系・理系を問わず、通常の採用選考に応募した学生が最終面接を受けた後などに、提出を求められる点が異なる。提出すると選考で有利な扱いを受けられるが、内定を辞退しづらくなり、「企業を比較して就職先を選ぶ機会が失われる恐れがある」(大学関係者)という。
企業側は「入社意欲高いか見分けるには有効」
企業側にも言い分はある。後付け推薦を実施しているメーカーの広報担当者は、「推薦状を提出する志望度の高い学生と、そうではない学生を分けて考えるのは当然。推薦状を提出しなくても採用選考を受けることは可能で、職業選択の自由は尊重している」と話す。応募時に推薦状を提出すれば面接回数を減らす「優遇策」を実施している企業は、「入社意欲が高いかどうかを見分けるには推薦状は有効」(採用担当者)とする。
こうした中、後付け推薦状の発行を拒否する大学も現れ始めた。立教大のキャリアセンターは1月、ツイッターに「企業のみなさまへ『やめてください』」との強い表現で、「『内々定辞退の抑止力』として推薦状を求めている場合には別の方法をご検討ください」と投稿し、注目を集めた。慶応大は後付け推薦状を発行しないことを学生に周知し、明治大や上智大は推薦状を発行しないことをホームページに明記している。
文科省学生支援課は「内定辞退を抑止するため推薦状を使うことはオワハラに該当する」との見解を示す。
大学生の就活に詳しい採用コンサルタントの谷出正直さん(43)によると、企業は内定辞退を防ぐため様々な手段を講じてきた。入社意思を示す「内定承諾書」を学生に書かせる企業は多いが、承諾書に親の署名を求める企業が現れ、さらに拘束力を強めるため後付け推薦を導入する企業が出てきたという。
谷出さんは「内定辞退を防ぎたい事情も分かるが、大切なのは入社してもらうことより、入社後に定着して活躍してもらうことのはず。学生を疑って推薦状で拘束するような関係性ではなく、学生が魅力を感じて就職先に選ぶような企業を目指すべきだ」と話す。
◆オワハラ=企業が内定と引き換えに、就活を終えるよう学生に強いる「就活終われハラスメント」の略。就活生の間でよく使われる。例えば▽面接担当者の目の前で他社に電話をかけさせ、選考を辞退させる▽内定承諾書の提出を内定の条件にする▽他社の選考を受けられないよう、内定者の懇親会を頻繁に開催し、必ず出席するよう求める――などのケースが該当する。政府は4月、現在の大学2~3年生に適用される就活ルールでオワハラを禁止する方針を打ち出し、経済界に順守するよう要請した。
売り手市場、すでに内定7割
1日に解禁された来春卒業予定の大学生を対象にした企業の採用選考は、人手不足を背景に、学生優位の売り手市場となっている。就職内定率はすでに7割を超えており、採用を巡るルールの形骸化も指摘されている。
東京・大手町の日本郵政本社では1日午前、総合職の採用面接が始まった。昨年まではオンラインの面接が多かったが、今年は対面する機会を増やすという。1日は約60人の面接を行う。就職情報会社のリクルートによると、2024年に卒業予定の大学生の就職内定率は5月15日時点で、前年同期より6・7ポイント高い72・1%。スケジュールを前倒しする企業は多く、早期内定が加速している。