「1年以上先まで家賃半分を前払いすると、その期間の家賃は半額になる」。自治会役員の言葉を信じて現金を渡しながら全くの作り話だったことが判明し、大阪市内のある市営住宅の住民が詐欺被害を訴えている。役員側に不透明な形で渡ったとみられる現金の総額は数百万円以上で、返金の見通しも立っておらず、住民らは大阪府警に被害を訴えている。地域住民の「顔役」が信頼を裏切り、私利私欲に走るケースは各地で相次いでいる。
公社に相談10件超
被害を訴えるのは、大阪市内にある築30年以上が経過した市営住宅の住民。住宅には現在100世帯以上が居住し、市の委託を受けた市住宅供給公社(市住まい公社)が管理している。
市や住民への取材によると、同住宅に居住する自治会役員は約10年前に役員に就任。数年前から、十数カ月分の家賃の半額を複数世帯で前もって支払えば、未払い分が免除されるという話などを住民に持ちかけ、1世帯につき少なくとも数十万円を集めたという。
そもそも公社が役員に家賃の請求業務を依頼したことはなく、家賃の減額は架空の話。住民の口座からは公社側による家賃の引き落としが続いた。事態の発覚を防ぐためか、役員は「複数世帯が合意すれば実際に減額が始まる」という趣旨の内容を合わせて伝え、信用させていた。
昨年夏以降、不審に思った住民からの訴えが公社側へ相次いだ。公社が今年1~2月に住民に注意喚起したところ、これまでに10件超の相談が寄せられた。
貯蓄消失「処罰を」
産経新聞の取材に応じた40代男性が、前払い家賃として役員に渡したのは約60万円。6年ほど前にまず7万円を支払うと、金銭要求がエスカレートした。
「出資しないか」「絶対損させない」。男性は投資話も持ちかけられ、元本を返す約束で令和2年にさらに400万円を役員に渡した。期日を迎え、元本の返還を求めるメッセージを送ったが無視され、全てがだったことに気づいた。
役員が前払い家賃を集める際に交付した領収書には、かつて自治会の会計担当だった自身の名前が無断で使われていたことも発覚。男性は「お金をだまし取られた上に、犯罪に名前が悪用された」と憤る。
1人暮らしだった70代女性は、前払い家賃や「自治会特別会員」、「住宅のリフォーム代」などの名目で約200万円を役員に渡した。家賃の減額などはもちろん、リフォームさえ手付かずのままだ。
娘は「母親は老後の貯蓄をほぼ全て失い、家賃が安い別の市営住宅へ移らざるを得なくなった。厳しく処罰してほしい」と訴える。
公社側は役員に事情を説明するよう求めたが、応じていない。市都市整備局の担当者は「話を聞くための強制力がなく、現状ではなすすべがない」と説明。一部の住民は詐欺罪などに当たるとして、府警に告訴状などを提出している。
背景に「なり手不足」
自治会やマンション管理組合のような任意団体の役員が、金銭の絡んだ不正に手を染めるケースは枚挙にいとまがない。
津市では令和3年、ごみ収集箱の設置や集会場の修繕などに関する補助金をだまし取ったとして元自治会長が詐欺容疑で逮捕され、有罪が確定。自治会は解散し、元会長は1千万円余りを市に返還した。平成26年には、奈良県内のマンション管理組合の口座から積立金を引き出し約3千万円を着服したとして、業務上横領容疑で組合の元理事長が逮捕されている。
こうしたトラブルについて、大阪市内で自治会やマンション管理組合の役員を務める男性は「なり手不足を背景に、特定の役員が団体を牛耳り続ける例も少なくない。複数人で収支を監視し、運営に積極的に関与することが暴走の抑止につながる」と話している。(岡嶋大城)
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