八幡和郎「動乱の時代」 世界をつなぎ止める碇だった安倍晋三氏 第三次世界大戦の懸念も 日本外交の「ATM」化と駐日米国大使追随に危機感

第三次世界大戦が心配な「動乱の時代」になってしまった。そんななかで、安倍晋三元首相が生きていたらと思う。ドナルド・トランプ米大統領の時代に、「世界が混乱の中に浮遊することを、辛うじてつなぎ止める碇(いかり)だ」と称賛された安倍氏がいたらと思うことが多過ぎる。
ただし、それは昨今、元気のいい自称「安倍継承者」の望むところはだいぶ違う。安倍氏の外交家としての素晴らしさは、「思慮深さ」とか、「複眼的な思考と行動」だったと思う。
もちろん、トランプ氏のようにケミストリーが合う指導者とは素晴らしい関係を築いたが、バラク・オバマ米大統領(当時)とも、ドイツのアンゲラ・メルケル首相(同)とも、中国の習近平国家主席ともうまくやっていた。
オバマ氏を広島に連れてこられたのも、米国世論が原爆投下を肯定している状況のなかで、彼の立場が悪くならないように緻密に準備したからだ。習氏が国賓としての訪日を承諾したのも、安倍氏なら後悔するようなことにはしないと信頼すればこそだ。
伝統的に欧米に不信感を持っているインドのナレンドラ・モディ首相にとって、西側との同盟(日本、米国、オーストラリア、インドの戦略的枠組み『QUAD=クアッド』)に踏み切るのが、どれだけ勇気のいることだったかも理解すべきだ。
安倍氏は、イランを2019年に訪問して大歓迎され、最高指導者のハメネイ師と会見した。『安倍晋三回顧録』(中央公論新社)によれば、米国はいい顔をしなかったが、トランプ氏が辛うじて承諾してくれたそうだ。
「イラン、シリア、イスラム原理主義組織ハマスなど相手にするな」とか言う人がいるが、イランを中心にしたグループを抜きに平和などない。「ロシアのウラジーミル・プーチン大統領との26回の会談は無駄だった」と言う人もいるが、プーチン氏はあちこちとの領土問題を驚くべき大胆さで解決しているのを知らない人の戯言だ。
最近の岸田文雄首相の外交を見ていると、かつての「現金自動預け払い機(ATM)」として重宝がられるだけの存在に戻ってしまったように思う。
保守派の人たちも、米国政界内でイスラエルの代理人的位置付けのラーム・エマニュエル駐日米国大使べったりで、イスラエルやウクライナへの一方的支持しかいわない。
月刊誌『中央公論』(2022年10月号)のインタビューによると、エマニュエル家はウクライナのオデッサからエルサレムに移住した一族だという。父親はイスラエル建国前のパレスチナで地下活動(テロ)を繰り返したイルグン(ユダヤ人武装組織)のメンバーだった。
「日本人はGHQ(連合国軍最高司令部)のWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム=洗脳プログラム)から脱していない」と言っているにもかかわらず、米国でもかなり極端な一派の歴史観を持つ大物大使に追随するのは、相当危険だと思う。
やわた・かずお 1951年、滋賀県生まれ。東大法学部卒業後、通産省入省。フランス国立行政学院(ENA)留学。大臣官房情報管理課長、国土庁長官官房参事官などを歴任し、退官。作家、評論家として新聞やテレビで活躍。徳島文理大学教授。著書・共著に『安倍さんはなぜリベラルに憎まれたのか―地球儀を俯瞰した世界最高の政治家』(ワニブックス)、『日本の政治「解体新書」世襲・反日・宗教・利権、与野党のアキレス腱』(小学館新書439)、『民族と国家の5000年史』(扶桑社)など多数。