2022年度の一般会計税収は、コロナ禍前の2019年度に比べ、22パーセント増の71兆7200億円と過去最高だったが、財務省は節約一点張り。経済成長には投資が必要になるというが、いったいなぜか。産経新聞特別記者・編集委員兼論説委員の田村秀男と元産経新聞政治部長でジャーナリストの石橋文登が対談で財務省の実態を明らかにする。『安倍晋三vs財務省』(扶桑社) より、一部抜粋、再構成してお届けする。
財政をわかっていない財務省
田村 本当は、財務省も財政をわかっていません。初めて財務省のバランスシートをつくったのが髙橋(洋一)さん(*1)で、それで髙橋さんは財務省の裏まで知ってしまうわけです。東大法学部だらけの財務官僚の世界にあって、彼は数学科卒という異色の官僚です。誰よりも数字に強い。
*1 元財務官僚。東京大学理学部数学科卒業、学位は博士(政策研究)。安倍晋三内閣では経済政策のブレーン、菅義偉内閣でも内閣官房参与(経済・財政政策担当)を務めた。大阪維新の会のブレーンでもあった。
企業ではバランスシートは当たり前ですが、財務省はおかしなところで、その発想がない。あったのは家計簿の発想でしかありません。財務省は家計簿式に勘定するから、予算を使ってしまったから手持ちのカネが減る、だから、支出を減らせ、収入の範囲内に支出を抑え、借金はするなということになってしまいます。家計は働き手の収入が限られており、将来の収入増の見通しは不たしかで、逆に減る可能性が大きい。したがって、カネは貯めても、先行投資には躊躇します。国家財政は家計とはまったく違います。先行投資ができるのです。インフラや研究、教育、さらに防衛装備など、将来に備える出費はすべて先行投資で、国家の財務としては資産に計上されます。例えば投資して土地を取得すれば、それは資産に計上すべきものです。この先行投資を支えるのが国債発行で、負債の部に計上されます。資産と負債が同額になるのがバランスシートです。政府に、家計、企業を総合した国家全体としてのバランスシートを考えてみましょう。
政府の負債、即ち国債の9割以上は国内で消化され、大半は金融機関が引き受けます。金融機関は預金や各種保険料収入で成り立つので、謂わば家計が国債を資産として保有します。つまり、政府の負債は家計にとっての資産です。家計の資産が増えることは豊かになることを意味します。要するに誰かが借金しないと、国民は豊かになれないのです。日本の場合、経済が順調に成長している時代は企業が借金しましたが、成長率の低迷が長期化するようになってからは企業が借金しようとしない。その代わりに政府が借金を増やしているのです。財務省のブリーフィングに頼る日本のメディアは、政府債務が膨れて大変だと騒ぎますが、問題は政府債務残高の大きさではありません。先行投資されて形成される資産が収益を生むことです。インフラ整備、基礎研究、教育のいずれもが将来の経済の成長をもたらします。防衛も国と国民の安全を確保し、成長基盤となるのです。成長は国民の所得を大きくし、税収を増やします。この結果、国債の元利払いが行われ、金融機関に収益をもたらします。政府や国会の責任は、政府による先行投資が経済成長や安全を着実に実現できるかどうかであり、官僚は財務省に限らずその効率性に責任を負うのです。石橋 簡潔でわかりやすい説明をありがとうございます。話を戻しますが、髙橋さんはバランスシートをつくってみて、「日本はメチャクチャ黒字じゃないか」ということに気がついてしまった。そういう彼を、財務省は省内の主流ではない郵政民営化のようなシンドイ仕事ばかりやらせる。主流から遠ざけられている、という気持ちが髙橋さんにもあったと思います。田村 髙橋さんにバランスシートをつくらせた当時の次官は、財務省にとってたいへんな過ちを犯してしまったと思います。
節約一点張りで、増税ばかり考えているのが財務省
石橋 新聞社の経済部も財政を理解できていません。毎年暮れの当初予算の原案が発表になったとき、必ずと言ってよいほど、「岸田家の家計簿」のような記事を掲載します。お父さんの年収がいくらで、住宅ローンがいくら、教育費がいくら……家計は火の車でいずれ破産しますと読者を誘導する記事です。そもそも、国家財政を家計に譬えること自体がナンセンスです。お父さんが老化しないでずっと元気が働く家庭などありません。国債を住宅ローンと同じ扱いにすること自体もナンセンスです。産経に在籍していたとき、経済部に「なんで毎年こんなバカな記事を出すんだ?」と問いただしたことがあります。それでわかったのですが、財務省が記者クラブに一般会計を家計に譬えたレジュメ(概要)を配っていたのです。経済部記者は何の疑問も抱かずにそれを紙面化していたわけです。逆に言えば、財務官僚も国家財政を家計と同じように考えているということじゃないですか。住宅ローンのような元利均等払いで借金する企業などありません。返済期限まで金利だけを払い続け、期限が来たら借り換えます。国債の元本を返済する国債償還費はまさに住宅ローンの発想ですよ。
田村 家計だと、働き手であるお父さんの収入には限界があります。ベースアップとか昇給がないと増えません。それも、わずかです。だから、ケチケチと支出を減らすことに頭を使うしかない。それと同じことをやっているのが財務省です。しかし国家財政は、経済が成長したりすると大幅に税収が増えます。2022年度の一般会計税収は、新型コロナウイルス禍前の2019年度に比べ、22パーセント増の71兆7200億円と過去最高でした。それでも財務省は、節約一点張りです。経済成長には投資が必要になります。家計と同じ考えで節約ばかりして投資を考えなければ、経済成長はありません。先行きの税収も増えるわけがない。それを補おうと消費税率を上げるなど、増税ばかり考えているのが財務省です。
円安傾向で日本はボロ儲けしているはずなのに…
石橋 国家財政を家計に譬えているような官庁に国家経営ができるのでしょうか。財務省が発想を変えないと日本は大変なことになりますね。田村 企業のバランスシートにあたるのは、国の「連結財務(*2)」のことです。髙橋洋一さんがつくって以来、財務省のホームページにも掲載されています。
*2 単体の企業ではなく、企業グループをひとつの会社と見なしたときの損益計算書や貸借対照表などの財務状況。
といっても、ページを探りに探っていかないと辿り着けなくて、かなりわかりづらい。資産の部と負債の部があって、資産には金融資産など流動的資産が示されています。そして固定資産には、役人のための官舎とか国有地などが含まれています。両者を比べると、「なんだ、こんなに国は資産を持っているのか」と驚く。石橋 わからないように公表するのは後ろめたいからでしょうね。高校生でも、簿記を少しかじっていれば、簡単に財政の状況を理解できます。田村 以前、熊本の商業高校で講演したときに、「日本の財務状況は、そんなに問題があるわけではありません」と、バランスシート、つまり連結財務の話をしました。複式簿記を習っている高校生は私の話をすぐに理解できました。財務省は「赤字だ、赤字だ」と騒ぐけれど、商業高校の生徒にはそんな国家エリートは不勉強だと思われるでしょう。もっとも、財務官僚は意図的に知らない振りをしているだけかもしれませんが。
石橋 新聞記者で経済学部や商学部出身は少数派です。理系出身はもっと少ない。だから新聞記者は本当に数字に弱いのです。バランスシートを読めない記者も少なくありません。記者がその程度のレベルだから、財務省がグラフをふんだんに使った資料をくれると、喜んでそのまま記事化してしまいます。そんな体たらくの記者が、国家財政の現状を的確に指摘できるわけがありません。田村 外国為替資金特別会計(外為特会)(*3)も、資産としては増えていても、理解できていないから報道できない。
*3 政府が外国為替相場市場で円売り・外貨買い介入を行うための特別会計。財務省が管理している。
ドル高・円安になると、外貨を円に換算すると、ドーンと額が増えます。かなりの余裕資産ができるわけです。石橋 2022年から円安傾向が強まり、2023年には1ドル=140円台になって、日本は為替差益でボロ儲けしているはずです。にもかかわらず、財務省は明確な「儲け」は発表しません。外為特会でドルや米国債がどれだけの割合を占めるかも表には出しません。
財務省は実態を知られるのを恐れている
石橋 財務省がバランスシートを説明したがらないのは、本当のことがバレたら省是にかかわるからでしょう。財政再建路線は根拠を失い、増税は困難になります。田村 豊富な資産があることに気付かれ、積極財政派の政治家につけ込まれると、怖がっているはずです。髙橋さんが政治家に、「外為特会でこれだけ捻出できますよ」と知恵をつけると、「それを出せ」と言われるから困るわけです。いわゆる〝埋蔵金〟です。
どうやって反論しようかと、財務省はただ頭を悩ませています。「すぐに現金化できません」とか、言い訳ばかりしています。言い訳をしないで、国民を富ませるために活用する方策を考えるのが、本来の国家エリートのはずです。これではせっかくの優秀な頭脳も退化してしまいます。日本の不幸です。石橋 最近、財務省では主計局長になる前に理財局長(*4)を経験するケースが増えています。言うまでもなく主計局長は事務次官に次ぐポストで、主計局は出世コースです。
*4 財務省の部局のひとつで、国庫、国債・地方債、国有財産管理、貨幣の発行、日本銀行券の発行計画などをおもな業務としている。
一方の理財局は、国有資産を管理する地味なポストで、かつては出世レースから外れた人の「お疲れさんポスト」でした。それが変わったのは、やはり財務省も、持っている資産をきちんと理解していなければ、財政を語れなくなったからではないでしょうか。実態を隠すにも、まず実態を把握しなければ隠せません。田村 理財局は国の資産を扱うわけです。財政を語るうえで、かなり重要な存在で、その役割が重視されること自体はよいことです。そこが軽視されてきた事実には、財政を家計でしか考えられない財務省の退廃が如実に表れています。文/田村秀男、石橋文登 写真/shutterstock
『安倍晋三vs財務省』(扶桑社)
田村秀男 (著), 石橋文登 (著)
2023/11/17
¥1,980
304ページ
978-4594095444
国益、省益、権謀術数、出世、自己保身……首相退任後、安倍晋三さんが財務省を非難した、ほんとうの理由を徹底的に明らかにする!ベストセラー『安倍晋三 回顧録』で国民に衝撃を与えた、安倍さんの〝財務省不信発言〟。日本経済の分岐点を何度も世界各地の現場で体験してきた経済記者と、安倍総理に最も近いところにいた政治記者が、安倍さんの真意と財務省の実態を包み隠さず語り明かす全国民必読の書!第一章 安倍さんを目覚めさせたのは、何か?第二章 財務省の政界工作第三章 財務省の〝真の事務次官〟第四章 財務省と新聞社、政治家第五章 財務省と日本銀行第六章 財務省とアベノミクス第七章 財務省と岸田首相