高収入層の人口激増「勝どき・晴海」エリアが抱える不安要素

東京五輪の選手村を大会後に活用するマンション「HARUMI FLAG(ハルミフラッグ)」の販売が始まっている。第1期分譲の600戸には2.57倍の1543組の応募があり、最上階の“億ション”は、なんと71倍の応募があったというから驚きだ。東京の湾岸エリアの中でも特に人気が高い晴海・勝どきエリアだが、今後街はどのように変貌していくのか──。住宅ジャーナリストの榊淳司氏がレポートする。
【写真】跡地のマンション販売が好調な五輪選手村(晴海)
* * * 東京五輪・選手村跡地の大規模マンション「ハルミフラッグ」の販売が始まっている。今のところ、この大規模マンションの総分譲戸数は4145戸となっている。しかし、ここには2棟のタワーマンションが含まれていないので、最終的な総戸数は6000戸に迫る可能性がある。
仮に分譲が6000戸だとすると、同時に建設される賃貸棟もあわせてこのエリアだけで約2万人の人口が増えると予測できる。
実は、この勝どき・晴海エリアにはこの他にも大規模な開発の計画がいくつかある。
まず、「勝どき」駅南側の約3.7ヘクタールのエリアで進められる「勝どき東地区第一種市街地再開発事業」が挙げられる。計画総戸数約3255戸。三井不動産レジデンシャルが参画すると伝えられている。今のところの建築工事完了は2025年度の予定だ。
もうひとつは、「勝どき」駅からやや離れた豊海エリアで進められる「豊海地区第一種市街地再開発事業」。約2ヘクタールのエリアに計画総戸数は2150戸。建築工事完了予定は2028年度である。
この2つの計画が予定通りに進めば、さらに1.5万人ほどの人口が増えることになりそうだ。それだけではない。隣接する月島エリアでも2つのタワマン型複合開発の計画がある。その南側の開発は最寄り駅が「月島」ではなく「勝どき」になる。
大江戸線「勝どき」駅の開業は2000年と比較的新しい。その頃の勝どきは、今とは多少趣が違った。銀座の外れ、月島の隣にある何となく冴えない街だった。2001年にトリトンスクエアができたことで多少は垢ぬけた感じになったが、それでも「まだまだ」という印象だった。
本格的に街が変わりだしたのは、「ザ・東京タワーズ」という名前のタワマン2棟が完成した頃からだ。竣工は2008年だった。その頃、勝どきエリアにはこの「ザ・東京タワーズ」以外に目立ったタワマンはなかった。
その後、このエリアはタワマンの開発銀座と化した。今では「ザ・東京タワーズ」も林立するタワマン群の中に埋もれかけているほどだ。
しかし、この頃から勝どきの街は変わり始めた。高所得層が大量にこの街に移り住んだのだ。彼らの日常生活の様々な需要を満たすために、おしゃれな装いの商店や飲食店が増えだした。
決定打は2013年9月の東京五輪開催決定である。晴海には選手村が築かれることになったことで、湾岸エリアは勝どき・晴海の立地する中央区側も、有明・豊洲のある江東区側もにわかに活気づいた。
それまで人気もまばらだった湾岸タワマンのモデルルームには見学予約が殺到。連日満席の賑わいになった。もちろん、これらの物件は飛ぶように売れ出した。その後数年を経て、勝どき・晴海エリアではいくつものタワマンが完成。人口は急激に膨張した。
さらに、前述の通り今後も大規模な開発計画が目白押しになっている。人口がさらに爆発的に増えることに疑いの余地はない。
心配なのは、これらの新しいマンションに住む人々を都心方面へ運ぶ輸送手段だ。
現在のところ、鉄道は大江戸線のみ。利用駅は当然「勝どき」だが、開業当初から朝夕の混雑に悩まされていた。特にトリトンスクエアには住友商事本社など有力テナントが入居。朝のラッシュ時にはホームから駅の出口に達するまで十数分かかったと言われている。そのせいかどうかわからないが、住友商事はその後トリトンスクエアから退去した。
「勝どき」駅ではホームの拡張工事が進められて、上下線ともに専用ホームが使えるようにはなったが、今後も人口が劇的に増加することを考えれば、現状ではかなり心もとない。BRTという新交通システムも導入されるが、その輸送力は地下鉄に比べて桁違いに低い。根本的な解決策にはなり得ないだろう。
タワマンが短期間に林立したことによって、朝夕の人の渋滞が問題になったケースはこの「勝どき」駅の他にもある。神奈川県川崎市にあるJR横須賀線の「武蔵小杉」駅だ。一時期は駅の改札を抜けるまで30分の行列ができたという。
現在、幾分緩和はされたようだが根本的に解決されたとは思えない。利用客が時間をずらして通勤していることが、緩和された最大の要因だろう。
街が華やかでも、最寄り駅の使い勝手が悪ければ魅力は相殺される。事実、「朝の30分待ち行列」の映像がテレビで何度も取り上げられ、ネットのニュースサイトでも様々に紹介されたことで、タワマンの街「武蔵小杉」の人気は、かつてほどではなくなった。まだ資産価値に反映されるほどではないが、新築や中古マンションの売れ行きには確実に影響するはずだ。
そう考えると、「勝どき」駅は「武蔵小杉」駅と同様に、人が多いことによる渋滞によって街としての魅力を大きく損なう可能性がある。さらに言えば、短期間で急成長した街は第一世代が高齢化するに従って街全体の活気が失われる可能性を秘めている。
まだ駅に近いタワマンなら、中古マンションとしての取引も活発だろう。売りやすいうえに、賃貸募集も容易。住民の新陳代謝が進みやすい。しかし、選手村跡地のマンションは「勝どき」駅から徒歩15分以上の住棟も珍しくない。そういう立地の住戸は売却しにくく賃貸も付きにくい。自然に住民や所有者の入れ替わりも少なくなる。
東京都の世帯数は、勝どき・晴海エリアの開発が一段落する頃の2030年から減り始める。世帯数は住宅への需要にシンクロする。今後、成長が停まった東京の街の、駅から遠い埋立地の外れにあるマンションの価値がどう評価されるのか心配だ。
ただ、それはかなり先の話。現状では勝どき・晴海エリアはものすごい勢いで成長している。この先、10年程度は街としての魅力がどんどん増していくはずだ。そして、このエリアは間違いなく、東京でも有数の高収入層が数多く住む街になる。彼らに合わせて、このエリアはいっそう華やかに発展するはずだ。
2030年頃の晴海・勝どきエリアは、不安要素を抱えながらも見紛うばかりの変貌を遂げている可能性がある。