石破茂首相は3月5日の衆院予算委員会で、同じ会社への勤続年数が長い人ほど優遇される現在の退職金課税制度に対して「見直すべきだ」と言及した。終身雇用の働き方を土台にした現行制度は、転職が主流となりつつある現代の働き方にはそぐわなくなってきていることなどから、税制調査会でも見直しが提言されていた。もし改正した場合どのようなメリットやデメリットがあるのか。また他にも見直すべき課税制度について、専門家に話を聞いた。
【画像】退職金課税制度に「氷河期世代を馬鹿にしてる?」の声が相次ぐ石破首相
「氷河期世代馬鹿にしてる?」
3月5日に行なわれた衆院予算委員会で、石破首相は退職金課税制度に対し、「見直すべきだ」と言及した。
現行制度では、勤続年数が20年までは1年につき40万円、20年以降になると1年につき70万円が退職金から控除され、同じ会社に長く在籍していた社員の方が優遇される制度設計となっている。
この仕組みは終身雇用が主流だった1989年(平成元年)から30年以上続いており、転職が主流となっている現代の働き方にはそぐわないなどとして税制調査会などでも見直しが提言されていた。
見直しに関して、立憲民主党の吉川沙織議員から「著しく控除額が減るようなことがあれば、退職後の生活や人生設計に影響は甚大だ。拙速な見直しは避けるべきではないか」と質問が飛ぶと、石破首相は、
「もちろん拙速な見直しは避けていかなければならないが、これから先、雇用の流動化というものは賃金の上昇というものと合わせて図っていかねばならない。慎重に適切な見直しをすべき」と応じた。
これに対し、SNS上では賛否の声が渦巻いた。特に目立ったのは、40代から50代前半の氷河期世代の人々の声だ。
〈年功序列で上からは頭を抑えられながら、やっとそれなりの歳になった時には制度変更…。〉〈同じ企業で長く頑張って働いた会社員の税負担を増やす、まさに“サラリーマン増税”。年金ももらえるか分からない。氷河期世代の人生を馬鹿にしてるんですか?〉
と批判する意見がみられた。
今が税制改革の「ベストタイミング」
賛否両論の中、この見直しは一体どれほど影響があるのか。そして今回、退職金が増税の対象となった背景について、近畿大学経済学部の丸之内陽一教授(租税法専攻)に話を聞いた。
「日本人は他の先進国に比べると勤続年数は長いほうですが、転職者数は年々増加傾向で、すでに転職を念頭に就職活動している学生も多くいます。税制調査会でも幾度となく見直しを提言されており、仕組みが終身雇用中心の平成元年から続いていることを鑑みても、どこかのタイミングで見直すべきだった課題です」(丸之内教授、以下同)
氷河期世代からは不満の声があがっているが、改正によるメリットはあるのか。
「例えば同じ会社に40年働いていた人と、20年ずつ別の会社で働いていた人の退職金を比較した場合、現行制度では課税の重さが異なり、転職者が損になってしまいます。それを現代の働き方に合わせ中立にすることができます。
また改正することで、企業の退職に関する制度に柔軟性が増す可能性が高いです。今、賃金が上がらないことが問題視されていますが、これに対し、退職金を前倒しして実質賃金を上げるという対応もやりやすくなるでしょう」
長年棚上げしていた「退職金課税制度」の課題を、この時期に取り組むことで、今必要とされている課題に貢献できるというわけだ。
その一方で改正したことによるデメリットとは?
「退職金は一人一人の将来設計や会社の退職金制度全般に関わることなので、急に変えると、せっかく築いてきた人生設計が壊れかねない上に混乱を招きます。石破首相も言っていた通り、大きな制度改革は10~15年という長いスパンを設けることが大事です」
今国会は5年に1度の「財政検証」(公的年金の財政状況のチェック)が行われた時期であり、丸之内教授は「このタイミングで税制改革を一緒に行うことはベストだ」と評価する。
「年金と社会保障と退職金などの税制は非常に密接に関連しています。基礎年金を底上げしようと政府が考えているタイミングで、年金改革と非課税のことを一緒に考えていくことが重要です」
遺族年金に配偶者控除…矛盾はらんだ税制の数々
退職金のほかにも見直すべき税制度はたくさんあると丸之内教授は指摘する。
「例えば、遺族年金制度。現行では、夫が亡くなった専業主婦の年金は非課税なんです。それだけでなく、社会保険や医療関係にも影響がある。これは、独身でこつこつ働いてきた女性の年金と比較するとかなりの差があり、以前から『不公平ではないか』という声があがっています。
あとは、今の60代から70代って年金だけでは生きていけないので、退職後も働いている人が多い。そうすると、『年金生活者』と『年金と給与で生活している人』を比較しても、後者はダブルで控除を受けているんです。配偶者控除も含め、昭和の在り方のまま残っている制度は多々あります」
遺族年金や配偶者控除など、見直さなくてはいけない税制は退職金課税制度だけではないという。
「実際、退職金課税がかかるのは、ほとんどが大企業勤めの人で、中小企業は税金がかかるほど退職金をもらえない場合も多く、退職金自体を払えない会社だってあります」
退職金以外にも今後、課税・増税される可能性のあるものはあるのか―。
「消費税ではないでしょうか。正直、消費税って一番公平なんです。例えば金塊をたくさん持っていて、相続税をごまかした人でも、その金塊を売って、お金をいっぱい使ったら消費税で税収できる。
今、一人一人の金融資産を把握して税金をもらうのが難しい面があるのなら、財産がたくさんある人からもらう消費税をあげるのが一番の手なのではないでしょうか」
財政難にあえぐ日本。財政検証が公表された今国会で、年金とともに税制改革も大幅に取り組むのか。石破内閣の手腕を見守っていきたい。
取材・文/集英社オンライン編集部