[AI近未来]第2部 膨らむリスク<4>
関東地方で先日行われた市長選に初めて立候補した60歳代の男性は、駅前での第一声で、約5分にわたり紙を見ながら意気込みを語った。
「この街の未来を切り開くことを使命と考えております」「市の未来を市民の皆様と作り上げていきたい」
この第一声を作るのに使ったのが対話型生成AI(人工知能)サービス「チャットGPT」。自身の経歴や思い、重点政策を学ばせた上で「立候補に踏み切った理由や意気込みは」と入力すると、整った文が瞬く間にできた。
市外在住の男性は、市政の課題把握や演説場所選びもAIに質問。立候補予定者の討論会のアンケートも回答させた。「現職側は大変そうだったが、こっちは数分で済んだ」
記者会見ではスマホを片手にAIの回答を読み上げる場面も。記者から「自分の言葉で語ってほしい」と求められても、「時間短縮になり、考えや文章が整理される」と手放すつもりはない。
現職との一騎打ちに敗れたが、「AIを使ってまた選挙に出たい」と語る。
国や自治体の政策や過去の選挙演説なども学習し、第一声を瞬時に生み出してくれるAI。選挙で利用しているのは男性だけではない。
昨年10月の衆院選で当選した議員は、選挙運動ビラの文言やアンケートの回答などにチャットGPTを活用。「SNSでの発信や文献調査など、政治活動でもAIは欠かせない」と語る。
元都議で選挙情報サイト「選挙ドットコム」の鈴木邦和編集長は「選挙や政治での利用は遅かれ早かれ広まるだろう」と話し、懸念を示す。「多くの立候補者や政治家が活用した結果、同じような政策提案ばかりになり、画一化が加速するリスクがある」
AI利用の拡大で危惧されるのが民主主義への影響だ。
東京大の谷口将紀教授(政治学)は、候補者がAIの回答をうのみにして自分で考えず、有権者との議論を怠るようになる恐れがあると指摘。「政治家と有権者の対話の積み重ねから最適解を見つけ出すのが民主主義のやり方だ。有権者の意見を集計できても、合意形成のプロセスを経ないAIでは、最適解は導き出せない」と警鐘を鳴らす。
AIの進化に伴い、偽画像・動画による「選挙干渉」のリスクも高まっている。
昨年の衆院選期間中には、特定の議員に投票しないよう、岸田前首相が呼びかけているように見せかけた偽動画がSNSに投稿された。AIに岸田氏の声を学ばせて作ったとみられる。総務省はIT大手に対し、衆院選での生成AIの悪用防止策を求めたが、歯止めは利いていない。
候補者側も対応を迫られている。昨年7月投開票の東京都知事選では、小池百合子知事陣営が6月、本人を模したニュースキャスターが政策を紹介する動画「AIゆりこ」を公開した。「なりすましが出る前に先んじる必要もあった」と陣営関係者は明かす。
偽画像・動画は海外の国家レベルの選挙でも氾濫する。AIを悪用し、他国の世論をゆがめようとする影響工作が深刻化している。