広く浸透したSNSは18歳未満の子どもたちにも身近な存在です。連絡手段としてだけでなく、人とのつながりや表現の場として評価されています。一方で、犯罪に巻き込まれたり、生活習慣が乱れたりなど悪影響も深刻です。子どもの利用を法律で規制するべきなのでしょうか。
[A論]有害情報の閲覧防ぐ…年齢申告では不十分
埼玉県本庄市の会社経営早川純さん(39)の長男(8)は小学3年で、毎週末オンラインゲームを楽しんでいます。このゲームにはSNSのように他人と直接やり取りできる機能はありませんが、早川さんは「将来、SNSを使い始めて見知らぬ人とつながると不安だ」と話しています。
警察庁によると、SNSを利用したことから犯罪被害にあった18歳未満の子どもは1486人(2024年)に上ります。このうちオンラインゲームがきっかけは23年より9人多い98人で、小学生が22人いました。オンラインゲームはメッセージの交換機能があれば、匿名の相手とも簡単にやり取りができます。ゲーム内で一緒にプレーする連帯感や腕前による序列関係につけこまれ、性犯罪に巻き込まれる例が多いそうです。
最近は子どもが加害者になる事件も目立ちます。山口県光市では昨年10月、SNSの「闇バイト」に応募した中学生が強盗予備容疑で逮捕されました。今年2月にはオンラインゲームで知り合った中高生が「楽天モバイル」のシステムに不正接続していた事件が明らかになりました。
犯罪に巻き込まれないための対策として、有害サイトやアプリへの接続を遮断するフィルタリング機能があります。これは青少年インターネット環境整備法で、携帯各社にサービス提供が義務付けられています。ただ、実際に活用するかは利用者の判断で、こども家庭庁の24年調査では、10~17歳の利用率は45・8%にとどまっています。
SNS運営会社の対応も実効性が高いとは言えません。動画・写真の共有アプリTikTok(ティックトック)やインスタグラムは12歳以下のアカウント作成を禁止しています。年齢詐称がわかれば利用が停止されますが、厳密な年齢確認はなく、生年月日を入力する自己申告制です。
事態を深刻に見たオーストラリアは、子どものSNS利用禁止に踏み切りました。SNS運営会社に16歳未満はアカウントを作成できないような措置を義務付けたもので、昨年12月に法律が成立しました。ティックトックでダイエット動画にはまり、摂食障害の末に自殺した中学生の事例などが引き金になりました。違反した場合は最高で4950万豪ドル(約50億円)の罰金が科されます。
法規制の動きは他の国でも広がっています。慶応大の山本龍彦教授(憲法学)は「判断能力が成熟していない子どもをSNS上の過度な刺激から守るため、ある程度の規制は日本でも必要」と指摘しています。
[B論]表現の自由を奪わず…悩み相談の「居場所」にも
名古屋市内の公立高校に通う女子生徒(16)は、1日3時間ほどSNSを利用するといいます。X(旧ツイッター)やインスタグラムで友人と漫画の感想を共有したり、大学受験の情報を集めたりと、「考えが近い人とつながり、生活が豊かになった」そうです。
NTTドコモモバイル社会研究所の2024年調査によると、中学生のSNS利用率(SNSを一つ以上利用している割合)は93%に上ります。小学4~6年で65%、小学1~3年でも27%です。また、10代のSNSの1日の平均利用時間(総務省調べ)は平日が56分、動画共有サービスの利用は同1時間52分でした。SNSが子どもの生活の一部になっている実態が浮かび上がってきます。
こうした状況から、オーストラリアの国連児童基金(ユニセフ)は子どものSNS利用禁止に踏み切った同国政府に対し、「子どもの表現の自由や情報を得る権利を妨げる」などと懸念を表明しています。
SNS上での自己表現は、なにも意見表明や芸術活動の発表だけではありません。誰かに聞いてもらいたくて、抱えた悩みや不安を打ち明けることもあります。X(旧ツイッター)では「死にたい」と打ち込むと、「あなたの思いをそのまま聞かせて」などとNPO法人による心の相談窓口が表示される機能があります。
東京都のNPO法人「自殺対策支援センター ライフリンク」は、SNS上に相談窓口「生きづらびっと」を設けています。毎月8000~1万件ほどのアクセスがあり、相談者は月約3500~4000人に上るそうです。このうち19歳以下からの相談は3割強に上るといい、「SNSの窓口を設けたことで、子どもや若者からの相談が圧倒的に増えた」と話しています。SNSで救えた命があります。
SNSの特性である「匿名性」が、子どもたちの警戒心を解き、本音で語ることを許しているのでしょう。なかには学校よりSNSに居場所を見いだす若者も少なくないようです。こども家庭庁の22年度の調査によると、学校を「居心地の良い場所」と答えた人の割合は10代後半で65・3%でしたが、SNSなどインターネット空間は68・7%に上りました。
自民党で「こどもの自殺対策支援プロジェクトチーム(PT)」の事務局長を務める大空幸星衆院議員(26)は「SNSしか居場所がない子どもも多く、その選択肢を奪うべきではない。SOSを発信できる場所を増やすことは大事だ」と法規制への反対を訴えています。
選挙、あふれる偽情報
日本でも子どものSNS利用に関する法規制の是非について、議論が始まっています。
昨年11月に発足したこども家庭庁のワーキンググループでは、有識者から「(法規制が進む)海外から学ぶことは重要だ」「日本の今の法制度で対応できている部分は少ない」など規制に前向きな意見が出る一方、憲法の「表現の自由」の観点などから全面的な禁止に反対する声も上がりました。引き続き精力的に意見交換し、夏頃をメドに方向性を示す予定です。
一方で、日本では昨年、兵庫県知事選など各地の選挙でSNS上に真偽不明の情報が拡散し、選挙の公平性・公正性が疑問視される事態が相次いで発生しました。これについても、何らかの規制が必要だとして政府や各党が議論を重ねています。
幼い頃からSNSに慣れ、居場所を求めてきた子どもたちが18歳で有権者になり、選挙の際にSNS上で大量の偽・誤情報に触れたとき、どのような反応をして、どのような投票行動を取るのでしょうか。
千葉大の藤川大祐教授(教育方法学)は「SNSを巡る状況は日々変わっている。学校や家庭での教育内容を絶えずアップデートしていくことが大切だ」と指摘しています。
子どものSNS利用に関する法規制の議論がいつ頃、どのように決着するか見通せませんが、有用性の裏に潜む様々な危険性を子どもたちに啓発していくことは待ったなしです。(政治部 薦田大和、服部菜摘)
[情報的健康キーワード]プラットフォーム
インターネット上でサービスの提供者と利用者をつなぐ場所や仕組みのことです。検索のグーグルやヤフー、通販のアマゾンや楽天、SNSのX(旧ツイッター)やフェイスブックなどが有名です。
多様なサービスや人が一か所に集まっているため便利である一方、一部の巨大プラットフォーム事業者が出店者や利用者に一方的に不利な条件を課したり、データを囲い込んだりして、市場の競争をゆがめているとして、日本や欧米の当局が規制を強化しています。
SNS上の誹謗(ひぼう)中傷も大きな社会問題となっています。日本では「情報流通プラットフォーム対処法」が今年4月に施行され、SNS運営大手に対し、投稿の削除を申請する窓口の設置や削除基準の公表などが義務付けられました。