選挙戦終盤を迎える中、SNSなどで多くの誤情報が拡散されています。その一例として「中国人留学生だけが優遇」という投稿には、奨学金月額14万2500円、国立大学授業料全額免除、航空機支給など、4年間で1048万円が返還不要と記載されており、複数のアカウントで合わせて20万回以上表示されていました。
文部科学大臣が明確に否定
阿部俊子文部科学大臣は「優秀な外国人留学生を受け入れるための各種支援制度を設けていますが、特定の国籍を優遇した支援は行っていません」と明確に否定しています。
文科省によると、留学生を支援する「国費外国人留学生制度」では、学部生に対して奨学金月額11万7,000円を支給、授業料は徴収せず、帰国の際の航空券なども支給されますが、対象は優秀な留学生のみで、昨年度選ばれたのは全留学生の2.8%です。この制度を受けた留学生を国籍別に見ると、インドネシアが最も多く、ベトナム、タイ、中国の順となっています。
誤情報を投稿した人にダイレクトメッセージで理由を聞いたところ、「反日の中国人が日本の制度を利用している事実を広く認識してもらうためです」という回答がありました。いっぽう投稿内容の根拠については「明確な根拠をお示しするのは困難です」という返答でした。
今回は、選挙中のデマの実情や、誤情報はどうして拡散されるのか、などについて日本ファクトチェックセンターの古田大輔編集長の取材をもとに解説します。
選挙の典型的なデマ情報をファクトチェック
・選挙の時に広がる典型的なデマとして、「期日前投票は票がすり替えられたり、名前が書き換えられたりするなど、いくらでも操作できる」という情報があります。
→これは明らかな誤りです。期日前投票の箱は鍵がかけられて厳重に封印され、開票時には立会人がいるなど衆人環視のもとでされ、立会人はポケットに手を入れることすら禁止されるなど、厳格なルールが設けられています。
・「投票所で鉛筆を使わせるのは、誰に入れたかを書き換えるため。ボールペンを持っていって書き換えられないようにしよう」という情報も流れています。
→これも事実とは異なります。鉛筆を使用するのは投票用紙が特殊な用紙のため、ボールペンだと書きにくかったりにじんでしまうおそれがあるためです。また、投票所の台などに落書きされた場合に消しやすいという理由もあります。ボールペンで記入することも可能です。開票所には多数の監視の目があり、誰かが投票内容を書き直すことは実質的に不可能です。
矛先が外国人に向くデマをファクトチェック
・不満の矛先が外国人に向く形で拡散されるデマもあります。例えば「生活保護世帯数の33%が外国人。日本の税金が外国人に使われている」という情報が広まっています。
→これも事実ではありません。厚労省のまとめによりますと、生活保護受給世帯の約2.9%(約4.7万世帯)が外国人が世帯主となっています。生活保護は本来、日本国民向けの制度ですが、人権上の配慮から外国人にも支給されています。
・「外国人の健康保険未納が年間4,000億円もあり、日本人は税収4,000億円も損している」というものもあります。
→これは「年間」と言っていましたが、実際は「10年間」の合計額であるということです。
・「外国人の犯罪は不起訴だらけ」という情報も流れています。
→データ上、不起訴率が高いことは否定されています。
・「夫婦別姓にしたい日本人は1%」という情報もあります。
→これも誤りで、いろいろなデータを見るなかで、低いものでも20%ということでした。
こうした誤情報が広がることについて、日本ファクトチェックセンターの古田さんは「間違った情報に基づいて投票行動に結びつくとしたら、それは本当に、本人の意思による投票と言えるのだろうか。民主主義の正当性が揺らぐのではないか」と指摘しています。
世界ではすでにそういったことが起こっています。2016年イギリスのEU離脱を問う国民投票の際に多くの真偽不明の情報が流れました。結果的にイギリスはEUから離脱しましたが、その後数年たって「やはり離れなかった方が良かった」と考える人が半数以上になっているという調査結果もあります。同じ年の米国大統領選挙でもトランプ氏当選の際に様々な情報が飛び交ったとされています。
そこから8年経ち、日本では2024年に東京都知事選での「石丸旋風」、衆院選での国民民主党の躍進、兵庫県知事選挙での斎藤知事の再選など、ネット情報と選挙が、密接に関連づくようになりました。
デマを発信する人はどんな人?
デマや誤情報が拡散される理由には、大きく3つのパターンがあるということです。
1. 特定の政党や候補者を有利にしたい 逆に足を引っ張りたいという意図
2. 選挙制度自体の信頼を落とすもの
3. マスメディアへの攻撃により、民主主義の信頼自体を低下させるもの
また、発信している人も以下のように分類できます。
1. 利益(政治的利益や経済的利益)を得ようとする人々
2. 注目を集めたい愉快犯
3. 本人はそれを真実だと思って広めている人
誤情報を拡散した人に、日本ファクトチェックセンターが行ったアンケート結果によると、「拡散した理由は?」という質問に対し、最も多かった回答は「情報が興味深いと思ったので知らせようと思った」が30%、続いて「重要だと感じたから人に知らせようと思った」というのが29%でした。
つまり悪意なく良かれと思って拡散している人が約6割もいるのです。
さらに、フェイク情報を知っている3700人へ調査したところ、後ほどその情報がフェイクだと気づけた人はわずか14%で、半数以上の人が「本当の情報だろう」と思い続けているという結果も出ています。
フィルターバブルは8割が「聞いたこともない」
現代のデジタル環境の規模は想像を超えていて、YouTubeだけでも、毎1分間に500時間分もの動画が投稿されています。
膨大な量の情報があふれる中で、私たちはアルゴリズムによるオススメ機能に頼らざるを得ない状況にあり、動画がおすすめされるということは、同時にそれ以外の情報を排除されています。
こうした「フィルターバブル」と呼ばれる現象について「人に説明できるくらい知っている人」は2.8%、「説明はできないが理解している人」は5.5%、「名前を聞いたことがある人」が9.9%で、「名前も知らない」という人が81.8%もいるという調査結果があります。しかも2025年の調査です。
動画見ただけで 拡散に加担する可能性
さらに驚くべきは、従来の「いいね」や「リポスト」といった能動的な行動をしなくても、ショート動画などでは、多くの人が視聴していることを「注目・人気が高い」と判断されて、多くの人におすすめ表示されやすくなります。
自分自身が、怪しい・おかしいと思って見た情報でも、「これはどういうことだろう」と長い時間見ていただけで、その情報の拡散に加担してしまう可能性があるのです。
世界には180以上のファクトチェック機関がありますが、どの団体も「お金がない」という共通の課題を抱えています。ビジネスモデルとしては成立しにくく、かといって国からの援助を受けると国の検閲との兼ね合いが難しくなるという問題もあります。個人レベルでできるデマ対策として、古田編集長は以下の3つのポイントを挙げています。
1. 投票前に、「発信源が信頼できるものか」を確認する
2. 情報の「根拠が確かなものか」をチェックする
3. それに「関連する専門家の情報」などを確認する
まずは「自分が騙されているかもしれない」と自覚することが重要だということです。
元衆議院議員の豊田真由子氏は、「なぜそれを信じようと思うのか」という根本的な問題に目を向ける必要性を強調しています。デマを信じたくなる背景には自分が抱えている経済や人生に対する不満といった「マグマ」があり、そうした根本的な問題に向き合わなければ解決は難しいと指摘しました。
そして、「こういう時代に私たちは生きていて、個人としても政治としても、それにどう向き合うかということを考えないと。全然時代が変わった」と元政治家としての意見を発しました。