〈 「枕に顔を押しつけたが…」子ども部屋の兄妹を締め付け殺害、両親も手錠で結束し海に遺棄…元死刑囚の中国人留学生が犯行に至った経緯 〉から続く
2003年6月20日、福岡県福岡市の民家で幼い子ども2人を含む親子4人が殺され、全員の遺体(うち1人は遺棄時に死亡)が博多港に遺棄されるという、凄惨な事件が発生した。
この「福岡一家4人殺人事件」は、福岡県にある大学や専門学校に通う3人の中国人留学生による犯行だとして、同年のうちに逃亡先の中国で2人、逃亡直前の日本で1人が逮捕された。
◆◆◆
2004年3月23日に福岡地裁で開かれた、中国人の元専門学校生・魏巍(ウェイ・ウェイ=逮捕時21)を被告人とする、「福岡一家4人殺人事件」の初公判。検察側による冒頭陳述は、〈共謀状況等〉に続いて、〈犯行準備状況等〉について明かしていく(以下、〈 〉内は同陳述より)。
海中を死体遺棄場所とした
〈(1)被告人(魏)、王亮(ワン・リァン=逮捕時22)及び楊寧(ヤン・ニン=同23)は、(※一家4人が被害に遭った)A(当時41)方の近くに赴いて同人方を下見した上、翌(03年)6月17日ころ、死体を埋める場所を探すため、福岡市城南区方面の山を下見するなどしたが、道に迷うなどした上、被害者方家族全員分の死体を埋める穴を掘るのが大変であると考えたことなどから、死体を山に埋めるのを断念し、重りを付けて海中に投棄することに方針を変更し、同日ころ、福岡市東区箱崎ふ頭を自転車で下見し、同所の海中を死体遺棄場所とすることに決めた。また、被告人ら3名は、同日ころ、A方のベンツの処分方法や死体に付ける重り等について相談し、ベンツは死体から遠く離れた場所に放置すること、死体に付ける重りには、ダンベルを使用することなどを決めた。〉
このくだりにおいて、当初は犯人たちが、最初から被害者を殺害し、遺体を遺棄するつもりであり、その場所として山中を考えていたことがわかった。さらには、海中への遺棄に変更されたことで、ダンベルの使用が提案されており、結果としてそれらを購入した際の防犯カメラ映像によって王が割り出され、事件の解明に繋がったという点も興味深い。そのため〈犯行準備状況等〉の(3)には、以下のようにある。
〈(3)王亮は、死体を海中に沈めるために付ける重りとして、かねて準備していた手錠2個だけでは足りないことから、6月18日、福岡市東区内の量販店において、手錠2個及び重量5キログラムのダンベル2個を組み立てられるダンベルセット2セットを購入した。そして、同日、被告人が、王亮方において、各ダンベルセットについて、すべての重りを1本の心棒に取り付けて、重さ約9.5キログラムのダンベル合計2個を組み立てた。〉
白色コードを切断して、手錠の鎖を補強した
冒頭陳述では、さらに次のように補足されている。
〈(4)被告人は、上記ダンベルのみでは不足すると考え、同月19日午後、恋人であるT(原文実名)と同棲中の博多区内のマンションから、5階通路の扉止めとして使用されていた重さ30.45キログラムの箱型鉄製重り1個を持ち出し、事情を知らない友人の中国人に手伝わせ、自転車及びバスを利用して、これを王亮方に運搬した。〉
また魏ら3人は、事前に準備した手錠の鎖が脆いことにも気づいたようで、魏が王の部屋にあった、携帯電話充電器の黒色コードや電気の白色コードを切断して、手錠の鎖を補強したとある。なお、彼らは6月16日から19日までの間に、数回にわたってAさん方への下見をしていたようだ。
帰宅する家人を待ち伏せ
ここでいよいよ冒頭陳述は、“本件”であるAさん一家4人殺人事件の〈犯行状況等〉となる。事件の概要については、すでに魏の起訴状で取り上げているが、こちらではさらに詳細な犯行内容が語られた(※一部の固有名詞について表記を変更)。
〈1 侵入状況
6月19日午後11時半ころ、王亮は、一人でA方の下見に赴いたところ、駐車スペースにベンツがなかったことから、犯行の好機であると考え、急いで帰宅してその旨を被告人及び楊寧に知らせ、被告人、王亮及び楊寧の3名は、ベンツに乗って帰宅する家人を待ち受けて犯行を決行することに決め、手錠4個、透明粘着テープ2個、ナイフ1丁、モデルガン1丁、手袋3双を準備して徒歩でA方へ向かった。〉
つまり、同家に大人の男であるAさんがいる状況で忍び込むよりも、帰ってくるのを待ち伏せた方がいいという判断だったということだ。さらに〈侵入状況〉は続く。
就寝中の子供達のうち一人を生かして人質に
〈被告人、王亮及び楊寧の3名は、同月20日午前零時過ぎころ、A方に到着し、その周囲を見て回ったところ、被告人は、A方1階仏間のサッシ窓が全開で、網戸になっているのを発見したので、その場で楊寧と話し合い、ベンツに乗った家人の帰宅を待つことなく、あらかじめ屋内に侵入して、屋内にいる家人を制圧し、その上で、ベンツで帰宅すると思われる家人を脅して、キャッシュカードの暗証番号を聞き出して預貯金を引き出し、金員を手に入れることに計画を変更した。
そして、直ちに、被告人、王亮、楊寧の順に道路に面したブロック塀を乗り越えて、A方敷地内に侵入し、前記窓から、土足のまま室内に侵入したが、Aは外出中であり、屋内では、B(Aさんの妻=当時40)が1階におり、C(長男=同11)とD(長女=同8)は、2階の子供部屋で就寝中であった。〉
このとき、Bさんは風呂に入っていた。そこで3人は、躊躇なく彼女の殺害に及んでいる。〈Bの殺害状況〉では次のように明かす。
〈被告人、王亮及び楊寧の3名は、分担して、A方屋内の様子を見て回り、2階子供部屋の2段ベッド上段でDが、下段でCが就寝中であることを確認するとともに、水音等から、大人の家人が1階の浴室にいると知った。
そこで、被告人、王亮及び楊寧の3名は、最終的には家族全員を皆殺しにする計画であり、2階で就寝中の子供達のうち一人を生かして人質にし、ベンツで帰宅するであろう家人を脅してキャッシュカードの暗証番号を聞き出せば目的を達し得ると考え、王亮に子供達を見張らせ、被告人及び楊寧が浴室内に侵入し、家人を殺害することに決めた。〉
つまり、カネを奪う対象はAさんのみであり、その他の家族のうち、Aさんを脅すための人質以外は殺害しておく、との取り決めがあったということだろう。
Bさんを浴槽内に押し倒し、右手首を押さえ付け
〈被告人と楊寧は、現場に毛髪を遺留すると自分達の犯行と分かってしまうことを恐れ、1階廊下の帽子掛けに掛けられていた毛糸の帽子等をそれぞれ被った。
そして、同日午前零時15分ころ、被告人は、洗面所から浴室に通じる開き戸を開け、人の気配に驚いて振り向いて悲鳴をあげたBに対し、いきなり手にしていた洗面器を蹴りつけ、被告人、楊寧の順に間髪を入れず浴室内に飛び込み、二人がかりでBを浴槽内に押し倒し、浴槽内の湯の中に仰向けに倒れたBの右手首を押さえ付け、他方、楊寧は、浴槽の湯の中に入り、同女の左手や足を押さえ付けるなどして、同女を約10分間にわたり浴槽の湯の中に押し込み、同女を殺害する犯行に及んだ。
被告人及び楊寧の両名は、Bが蘇生することを恐れ、確実に溺死するように、うつ伏せにし、後ろ手にした同女の両手首に準備していた手錠の一つをかけた。〉
被告人と王亮の2人で、Cくんを殺害
こうして第一の殺人が実行された。その様子からは、初めての殺人であるが、躊躇があるようには感じられない。
〈Cの殺害状況
被告人及び楊寧は、Bを殺害した後、台所及び居間に赴き、居間のカバン掛けにかかっていたバッグ類の中の金品を物色し、Bの財布から現金約1万5000円及びキャッシュカード数枚を抜き取ってこれらを奪った後、直ちに2階に上がり、王亮に、Bの殺害を伝えた。そして、被告人、王亮及び楊寧の3名は、今後の措置を相談し、Cを殺害し、Dを生かしておいて、ベンツで帰宅する家人を脅迫するための人質として使うこととし、Cの殺害は、被告人と王亮の二人で実行することにした。〉
3人は、11歳の息子よりも8歳の娘の方が人質にしやすいと考えたのだろう。なお、Cくん殺害が、なぜ魏と王の2人に決まったのかについては、ここで触れられていない。
Cくんの遺体から大量の白色微細泡沫が…
〈被告人ら3名は、同日午前零時30分ころ、子供部屋に入り、2段ベッドの下段で仰向けに就寝中のCに対し、被告人が、ベッド上段に置かれていた枕を両手に持って、同児の顔面に強く押し付け、王亮が、同時に馬乗りになる姿勢で、その手足を押さえ付けるなどして、同児を窒息死させようとしたものの、息苦しくて抵抗する同児に対し、馬乗りになっていた王亮が右手で、同児の前頸部をつかんで絞め付ける一方、被告人は、枕で顔面を押さえ付ける役割を楊寧と交替し、その後、王亮と楊寧が、犯行を継続し、同児を殺害する犯行に及んだ。〉
じつは遺棄されたCくんの遺体が海中から引き揚げられた直後、彼の鼻からは、大量の白色微細泡沫(白く細かい泡)が出ていた。これは溺死の際によく見られることである。ただ、その一方で、彼の首には手で絞められた痕も残っており、さらには絞頸の際に見られる顔面のうっ血、左右眼瞼・眼球結膜の多数の溢血斑(毛細血管の破綻による小出血=「溢血点」の、やや大きなもの)、口腔粘膜の溢血点などがあった。
そうしたことから、検視の段階では死因については、「溺死(扼殺も否定できず)」と判断されていた。
だが、その遺体が司法解剖にまわされたことにより、舌骨筋等への出血も認められたことなどから、扼殺(手を使った絞殺)であると最終的に判断されたのだった。
ちなみに、なぜ口腔内から白色微細泡沫が漏出したのかということについては、「気管内に白色微細泡沫がわずかに貯留」しており、「肺のプランクトン検査は陰性」であったことなどから、死後海中に投棄されたあと、水圧により海水が気道内へ侵入して発生したものと推測された。
こうして、A家に侵入してわずか30分ほどで2人を殺害した3人の視線は、2段ベッドの上段で、なにも知らずに寝息を立てるDちゃんに向けられたのである。
〈 《家族4人殺害》父親は「その娘を殺さないでくれ」と哀願し…生きたまま海に遺棄された「福岡一家4人殺人事件」の全貌 〉へ続く
(小野 一光)