石破首相、1年足らずで「無念の退陣」に至った必然

「このたび私は、自由民主党総裁の職を辞することといたしました」。石破茂首相は9月7日夕刻、記者会見を開いて辞意を表明した。
【写真あり】相反する思惑で首相官邸に駆けつけた“5人”の顔ぶれ
そのうえで、「党則第6条第2項に基づく総裁選、すなわち『総裁が任期中に欠けた場合』の臨時総裁選の手続きを実施するよう、森山幹事長に伝えたところであります。したがって、党則第6条第4項に基づく臨時総裁選の要求手続きを行う必要はございません」と、総裁選挙の前倒しを否定した。
また、「トランプ関税協議に1つの区切りがついた今こそが、しかるべきタイミングだ」と述べて、“勇退”を印象づけようとした。
旧岸田派の閣僚やベテラン勢が離反
だが、石破首相がその直前まで続投への強い意欲を持っていたことを知らない人はいないはずだ。
石破氏は昨年9月27日の自民党総裁選に辛勝し、10月1日に首相に就任した。それから1年も経たずに退陣表明に至った理由は、その間の衆参両院選で敗退し、自公が少数与党政権になったことだけではない。
そもそも昨年の総裁選は、石破首相にとって薄氷の勝利だった。1回目の投票で議員票46票・党員票108票の計154票を得て2位となった石破氏は、議員票72票・党員票109票の計181票を得た高市早苗前経済安全保障担当相に27票も差をつけられていた。
しかも議員票では、75票を得た小泉進次郎農水相に大きく差を付けられたうえ、5位の小林鷹之元経済安全保障担当相にもわずか5票差に迫られた。それでも決選投票で石破氏が189票の議員票・26票の都道府県票の計215票を得て高市氏に勝利したのは、岸田文雄前首相と菅義偉元首相が石破氏側に付いたからだった。
その岸田前首相の下から、神田潤一法務政務官や小林史明環境副大臣らが総裁選前倒しの声を上げたことは興味深い。また、石田真敏元総務相や、かつて水月会(石破派)に在籍した田村憲久元厚生労働相といったベテラン勢も総裁選前倒しに賛同した。
総裁選前倒しを求める署名について、逢沢一郎衆院議員が委員長を務める総裁選挙管理委員会が「書面は、署名・捺印のうえ、9月8日10時から15時までの間に、議員本人が本委員会に直接提出することを原則にする」としたことにも、多数の議員が反発した。石破首相が辞任を拒否すればするほど、ますます批判の声は高まった。
混乱の収束を図ったキーパーソン
こうした現実に、「党が分裂しかねない」と懸念していたのが菅元首相だった。実際に参院選後の7月24日に党本部で麻生太郎最高顧問や岸田前首相、石破首相や森山裕幹事長と面談した際、党内の「石破降ろし」の動きについて強い危機感を示している。そして9月6日午後8時25分に小泉農水相とともに首相官邸に入り、石破首相に党内情勢を伝達。事実上の退陣勧告といえるものだった。