訪問看護事業所を辞める時に同僚を引き抜き、サービス提供を困難にさせたなどとして、運営会社が退職者を相手取り、損害賠償を求めた訴訟が大阪地裁で争われている。近年は職場への不満から退職時にトラブルを引き起こす「リベンジ退職」が問題となるケースがあるが、被告側は退職が相次いだのは職場環境などに原因があり、引き抜きはしていないと反論している。(林信登)
訴状などによると、奈良県の訪問看護事業所では昨年2~4月、従業員9人が相次いで退職し、サービス提供が困難になった。利用していた約300人のうち、1割程度を別の事業所に引き受けてもらうなど、対応に追われたとする。
運営会社は昨年6月、退職者9人のうち、最初に退職を申し出て別の事業所を設立した看護師ら4人に対し、2200万円の損害賠償などを求めて提訴。営業秘密にあたる利用者情報を持ち出したほか、他の従業員や利用者を引き抜くなどし、経営に損害を与えたと主張する。
運営会社の代表は読売新聞の取材に、「業務への不満を理由とした『リベンジ退職』で存続の危機に陥った」と訴えた。
一方、被告側は訴訟の中で、持ち出した情報は営業秘密にあたらないなどと主張。引き抜き行為もしておらず、退職が相次いだのは多忙な業務や代表の従業員への接し方に対する不信感などが原因で、損害を与える意図はなかったとし、争う姿勢を示している。
退職時のトラブルは以前からあったが、近年は▽社内情報の持ち出し・削除▽SNSや転職サイトに悪評を投稿▽引き継ぎをしない▽繁忙期に退職――などで会社に損害を与える「リベンジ退職」との言葉が生まれている。損害は業務への支障だけでなく、ネット上の悪評で採用が困難になる場合もある。
総務省の調査では、昨年の転職者は331万人で、10年間で40万人増えた。元労働基準監督官で社会保険労務士の小菅将樹氏によると、在職中は不満を訴えにくい側面があるが、転職する人が増え、退職時に行き過ぎた言動をする人が目立つようになったことが背景にあるという。
小菅氏は「終身雇用の慣行が弱まったことで勤務先への帰属意識が薄れ、『いつでも辞められる』という考えの人もいる。SNSの普及で不満を訴える場が増えたことも影響しているのでは」と分析する。
組織内でのコミュニケーション不足や不透明な人事評価など企業側にも問題があるケースや、退職者側の逆恨みのようなケースなど事情は様々だ。
小菅氏は「トラブルの根本には、入社前のイメージと実際の業務などの『ミスマッチ』がある」とし、入社前に会社のいい面だけでなく、業務の大変な面も伝えて入社後のギャップを解消するほか、従業員とコミュニケーションを取り、成長の機会や透明性のある人事評価を提供するなど、不満を取り除く「根本治療」が必要だと指摘する。
法的リスク啓発 重要
退職時のトラブルは企業側にも働く側にも負担が大きく、未然に防ぐことは双方にとって大切になる。
労働問題に詳しい細井大輔弁護士(大阪弁護士会)は予防策として、「採用時に情報漏えいやSNSへの投稿をしない旨の誓約書を交わすことが有効だ」と指摘。社内研修を通じて、情報管理やコンプライアンスの教育、法的リスクの啓発をしていくことも重要になるという。
退職者側は企業の利益を不当に害した場合、法的責任を問われる恐れがある。
世界的LEDメーカー「日亜化学工業」(徳島県)の元従業員が転職時に実験データを故意に削除したとして、今年1月に徳島地裁で元従業員らに約580万円の損害賠償を命じる判決が出ている。退職後にネット上で「残業代が出ない」「ボーナスがない」などと虚偽の投稿をした場合も、会社側から損害賠償責任を問われる可能性がある。
細井弁護士は「投稿や情報の持ち出しなどには法的なリスクがあることを認識しなければいけない。訴訟やトラブルを抱えると、転職先での業務にも影響する。嫌がらせをしてもメリットは一つもなく、いったん冷静に行動すべきだ。働いていれば不満が生じることもあるが、ため込まずに上司や同僚に話して解決を図ることも求められる」と話す。