かつて世界第2位の経済大国として君臨していた日本だが、いまやその国力は目に見えて衰退している。このままでは、2030年代に予想される南海トラフ巨大地震のような国家的危機に際し、自力での復興すら危ぶまれるといっても過言ではない。生物学者であり、科学・社会・環境問題評論家としても活躍する池田清彦氏はそのように指摘するが、はたしてどのような打ち手があるのか。
ここでは同氏の著書 『明日は我が身と思うなら』 (角川新書)の一部を抜粋。池田氏の見解を紹介する。(全2回の1回目/ 続きを読む )
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国力の指標が軒並み下がっている日本
2036年前後に南海トラフ地震が起きたとして、日本が自力で立ち上がれるかどうかは、その時の日本の国力がどのくらいあるかにかかっている。国力というのは曖昧な言葉だけれど、その時の経済力、生産力、国民の知力と創造力、文化発信力、軍事力、資源力などの総体である。大震災で、様々なインフラが失われ、食物や電気その他の生活必需品が失われた時に、速やかにこれらを修復または作り出すには高い国力が必要だ。
国力、特に高い生産力があれば、ある程度自力で、必要なものを生産することができる。先に述べたように国力にはいろいろな指標があるが、生産力に関係するもので重要なのは、GDP、1人当たりのGDP、平均賃金、自国通貨の価値などである。30年前に比べ、国際水準から見て、これらはすべて大幅に下がっているので、日本の国力は衰退している。景気が悪くて、国民の消費力が低水準だと、生産力も呼応して下がり、いざとなった時に、簡単には増産することができなくなる。日本の国力を30年前と同水準にまで引き上げることができれば、南海トラフ地震を、乗り切れる可能性は多少は高くなる。
日本の経済を世界と比較してみたら
というわけで、まずこれらの指標がどのくらい悪くなったかを見てみよう。まずGDPだが、アメリカに次いで世界2位になったのが1968年、以降42年間2位をキープして2010年に中国に抜かれ、3位に転落、2023年にはドイツに抜かれ4位に、IMF(国際通貨基金)の予想では2025年にはインドに抜かれて5位になるという。
実際のGDPはどのくらいかというと、例えば1990年の日本の名目GDPは3兆1859億ドル、アメリカは5兆9631億ドル、中国は3966億ドルで、2024年のそれは日本4兆0701億ドル、アメリカ29兆1678億ドル、中国18兆2733億ドルであるから、この34年間で、アメリカは4・9倍、中国はなんと46倍増加したのに対して日本は1・3倍弱しか増えていない。日本が世界の経済発展からどれだけ取り残されているかがわかる。
韓国や台湾にも抜かれた「1人当たりの名目GDP」
GDPは国単位なので、人口が大きい国は大きくなるのは当然で、実際の国民の生活にとって重要な指標は1人当たりの名目GDPである。1990年、日本は、世界の第8位であった。1995年には第6位と、1990年代の終わり頃まで、日本の1人当たりの名目GDPは世界のトップクラスを維持していた。具体的には1990年のアメリカの1人当たりの名目GDPは2万3848ドル、日本は2万5809ドル、1995年は円高もあってアメリカのそれは2万8671ドルで日本は4万4210ドルでアメリカをはるかに凌駕していた。
それが2021年にはアメリカは7万1257ドル、日本は4万161ドルと日本の1人当たりの名目GDPは全く増えていないかむしろ減っている。最近では韓国や台湾にも抜かれる始末で、2024年のそれは、日本3万2859ドル、台湾3万3234ドル、韓国3万6132ドルで、世界の順位は日本39位、台湾37位、韓国33位で、東アジアの中でも、日本の凋落の速度は凄まじい。
平均賃金も伸びず、庶民の暮らしは苦しくなるばかり
平均賃金について見るとOECD(経済協力開発機構、加盟国38か国)の平均は2022年度5万3416ドルで、日本のそれは4万1509ドル、加盟国中25位である。1991年の平均賃金を100とすると、OECDの平均は2022年133で、日本のそれは103と、世界の平均賃金が30年余りで33%増えたのに日本のそれは3%しか増えていない。日本の物価はデフレとはいえ30年余りで11%上昇したので、賃金の上昇はデフレでも物価に追い付かないのである。庶民の暮らしは苦しくなるばかりだ。
国力の衰退は円が弱くなって円安が進んだことからも明らかで、1995年は円高で、4月に史上最高値を更新した時は1ドル79円75銭であった。1990年代後半から110円台になり、2011年10月に75円32銭の史上最高値を付けた。2014年頃から2021年まで110円前後で落ち着いていたが、2022年以降急激な円安が進み、現在は140円台である。円が安くなると外貨の価値が上がり、日本へ旅行する外国人が増えてくる。いわゆるインバウンドだが、外国人旅行客が増えるということは日本が衰退してきた証拠で、喜ぶべきことではない。観光は生産力の向上にはさして寄与しないので、国力の向上にもあまり役に立たない。円が安くなると輸入品の価格が上がり、物価を上昇させる原因になる。
2025年になって、賃金は上がらないのに米の価格も野菜の価格もどんどん上がり、日本はスタグフレーション(景気が停退して賃金が上がらないのに物価が上がること)の様相を呈してきた。このままの状況で、大震災が起これば、庶民は食べ物もエネルギーも入手できずに、生活苦に直面することは必定である。それまでに何とか、日本の生産力を上げて国力を回復したい。そのための方途はあるのか。
消費税を下げてみればわかること
日本衰退の最大の犯人は消費税である。これを廃止すれば、景気は間違いなく上向くだろう。1989年に3%の消費税が導入され、1997年に5%に引き上げられ、2014年に8%、2019年に10%になって現在に至っている。経済が順調ならば民間最終消費支出は右肩上がりに伸びていくが、消費税が上がると、民間最終消費支出は、必ず前年度を下回り、景気の足を引っ張る。
例えば、消費税が10%に上がった2019年には民間最終消費支出は前年度比99.1%で、2020年は前年度比95.2%に落ち込んでいる。2023年になっても民間最終消費支出が最も多かった2013年(8%の消費税が導入される前年)の97%に留まっている。もし、消費税が5%のままだとすると、2013年の水準から民間最終消費支出が平均的な上昇率である年2%上昇するとして、2023年度は373兆円(実際は296兆円)になっていたという計算になる。
消費税が導入されるのに伴って法人税が減税され、1998年から1999年にかけてそれまでの37.5%から段階的に30%に引き下げられ、2012年に25.5%、2015年から2018年にかけても段階的に引き下げられて、現行の23.2%になっている。長らく政権党である自民党への多額の政治献金と引き換えに、法人税の減税を勝ち取ってきた大企業は、「大企業が栄えれば経済が栄える」というトリクルダウン説を振りかざして、自分たちだけが儲かることに奔走してきたが、トリクルダウン説が間違っていることは、消費税を上げて法人税を下げて大企業を優先してきたのとパラレルに、日本の経済が衰退したことから、もはや議論の余地がない。
大企業が儲かっても社員の給与は上がらない
法人税を下げて、企業が儲かっても儲けの大半は内部留保(企業の黒字分を使わずに貯蓄しておくこと。2023年度の内部留保金は過去最高の600兆9857億円)になっているため、この金は市場に流れずに景気を喚起することに役に立たない。せめて、自社の社員の給与を上げることに回せば多少は景気が良くなると思うが、現状では、大企業が儲かっても、株価と役員の給与が上がるだけだ。
一方、消費税を増税すると、低所得層は消費行動を控え気味にするので、先に詳述したように景気は絶対に下がるのである。GDPの5~6割は家計の消費なので、消費税の影響は大きい。内部留保が600兆円以上あるのだから、法人税を上げるべきだ。法人の99%は中小企業で、大半は黒字すれすれか赤字なので、法人税を上げても中小企業への影響はほとんどない。
消費税は輸出企業には有利で、国内からの部品等の調達には消費税を払い、輸出先からは消費税を取れないので、支払った額ともらった額の差額が還付金として戻ってくる。例えばトヨタの2022年の消費税還付金は5276億円で日本一、2位は日産の1897億円、3位は本田の1879億円と、これらの大企業は消費税が上がっても一向に困らないばかりかむしろ得するわけだ。部品を納入する中小の下請け企業は、消費税をもらってもギリギリまで値下げさせられているのであまり儲けは大きくない。ということは大企業が得しているということだ。
食うや食わずの庶民からも容赦なく搾り取られる消費税
アメリカ大統領のドナルド・トランプが日本の消費税を廃止しろと言っているのは、日本国内で自動車を売ると10%の消費税を取られるが、アメリカに輸出すると関税は2.5%で、日本に比べ販売価格が割安になるので、実質的にダンピングになり、アメリカの自動車産業を圧迫するからけしからん、という理屈だ。日本の一般庶民にとっては、消費税は取られ損なだけだけれどね。
消費税を減税すると税収が足りなくなってやっていけないという議論がある。確かに国の税収の割合を見てみると、税収65.2兆円の内、消費税が占める割合は33.1%、所得税31.3%、法人税20.4%、その他15.2%(2022年度)となっている。それ以外の歳入として公債金が36.9兆円、その他が5.4兆円あり、国の一般会計歳入は107.6兆円である(2022年度)。
内部留保が600兆円以上ある法人からの法人税は13.3兆円で、食うや食わずの庶民からも容赦なく搾り取る消費税が21.6兆円というのは異常としか言いようがない。消費税を下げれば、景気が回復して企業の利益も上がり、労働者の賃金も上がるので、消費税の減税分を補って余りある税収が期待できると思う。だと思うなら消費税を5%に下げてみればわかる。それで数年たって税収が上がらなかったらまた10%に戻せばいいじゃないか。
通貨発行権のある日本の政府がやるべきこととは
亡くなった森永卓郎にザイム真理教と揶揄されたように、日本の財務省は均衡予算主義(税収と歳出が同じになるのがベストという考え)を墨守しており、歳出が増えたら、税収を増やさなければならないとかたくなに考えている。そのため予算が緊迫するととりあえず税収を上げようと考える。法人税の増税は大企業が反対し、所得税の増税は富裕層が反対するので、一番手っ取り早いのは消費税の増税、というわけで、消費税率はどんどん上がってきた。
しかし、MMT(現代貨幣理論)によれば、日本のような通貨発行権のある政府は、通貨を発行して歳出に充てることが可能なため、財源を税収に頼る必要がなく、均衡予算主義とは縁を切っても問題はない。また、MMTによれば、通貨発行権のある国は、通貨を発行しても、自国通貨建ての国債を発行しても、デフォルトに陥ることはない。例えば、国債を発行して償還期限が来たら、通貨を発行して返せばいい。注意することは国民経済における財やサービスの供給能力を無視して、通貨発行権を使った積極財政(通貨や国債の発行)を推し進めれば、インフレが加速するので、インフレ率を勘案しながら、通貨を発行しなければならないことだけだ。
MMTを信用するとハイパーインフレになって国が破綻すると主張する人がいるが、日本の2024年12月末時点の国債残高は1317兆6365億円もあるけれど、日本はハイパーインフレにもなっていなければ破綻もしていない。均衡予算主義はここだけ見ても経済の動向に整合的な理論でないことは明白である。インフレ率を何%まで許容するかは難しいが、2~4%を目安に、この範囲で収まっていれば、積極財政を進めていって問題はない。
大地震を乗り切るための体力
まず、消費税減税をして(最終的にはゼロにして)、景気を喚起する(民間最終消費支出を上げる)。景気が上向きになれば財やサービスの供給量を増大させなければならないので、生産力は上向きになる、生産力が上向きになれば、それに見合う通貨を発行して需要を喚起し、積極財政を推し進める。国債を発行して歳入を増やし、南海トラフ地震に備えて、自給率を向上させるために第一次産業に大幅な補助金を出し、生産者数と生産量を増やす。食料自給率は100%が望ましいが、10年の余裕があるので、毎年5%ずつ増やせば現在の38%を90%近くまで引き上げられる。
次に南海トラフ地震に備えてインフラ整備をする必要があり、そのためにそれなりの資金を投入すれば、日本の生産力は上がるだろう。景気が上向けば、賃金も上がって消費力が上がり、それに見合う供給力が必要になり、総体として生産力が上がり、南海トラフ地震を乗り切れる体力(国力)がついてくるだろう。
ここまでしてもインフレ率が低ければ、もっと通貨を発行しても問題がないわけで、ベーシックインカムをやればよい。ベーシックインカムとは国民のすべてに無条件にお金を支給することで、金持ちにも低所得層にも一律に同額を支給するのである。これは金持ち優遇と言われそうだが、確定申告で金持ちからは所得税として戻してもらえばいい。なぜ一律がいいかというと、システムが簡単だからである。低所得層には沢山配って、金持ちには配らないような制度を作ると、このシステムを立ち上げるのにコストがかかる。一律に配って確定申告の時に調整する方がコストがかからないのだ。
ベーシックインカムをどのくらいの額にするかは難しいが、最初は月に2万円くらいから始めて、インフレ率を考慮して調整すればいいと思う。1.2億人に月に2万円配るとして、年に30兆円弱の通貨を発行すればいい。1300兆円余りの国債残高があっても破綻していないのだから、これくらいのお金を国民に配っても問題はない。景気は絶対に良くなって生産力も上がり、もちろん国力も上がるに違いない。上手くいけば、南海トラフ地震を乗り切れるだろう。
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(池田 清彦/Webオリジナル(外部転載))