彼氏との性行為が「トラウマだった」女性の告訴で、警察が動き出した…デートDV、別れても「犯罪」になる可能性

関西で看護師として働いていた佳奈さん=仮名=(37)が彼と出会ったのは、2020年ごろ。当時、彼は都内に住む大学生。アプリを通じて知り合い、最初にアプローチしてきたのは彼だったという。 「相手のプロフィールを見ると11歳年下で、驚きました。人生相談でもしたいのかなと思ってメッセージに応ずるうち、交際に発展していきました」
遠距離恋愛でスタート。しかし、性交渉は苦痛だった。 「独りよがりだなと思った。『痛い』と言っても『丁寧にして』と言っても聞いてくれない。『もういい!』とかんしゃくを起こして飛び出していったこともあります」 ホテル代などの費用は佳奈さんが捻出していた。不満はあったが、社会人と学生との交際だと割り切って考えるようにしていた。このときはまだ、後にトラウマになり、刑事告訴もすることになるとは思ってもみなかった。(共同通信=武田惇志)
体験を語る佳奈さん=8月8日、東京都新宿区
▽「許せない出来事」 2021年2月、佳奈さんにとって「許せない出来事」が起きた。 その日、2人は都内のレストランで食事後、ホテルに宿泊。彼は佳奈さんのスマートフォンにマッチングアプリがインストールされているのを見つけ、激高した。 そのアプリは使っていないものだった。「会員登録もしていないよ」と画面を見せながら説明したが、彼は耳を貸さない。無理矢理、口での性的行為を強要された。「下手」とののしられて突き飛ばされ、さらに力づくで続けさせられた。
アフターピルを処方してもらった際の診断書のコピー
▽首に手を掛けられ、避妊具なしで… 同じ年の6月にホテルに泊まった際も、ひどい目に遭った。 佳奈さんは彼氏のスマホに、女子高校生とのやりとりを発見。自宅に連れ込んでいたことも分かった。「勉強を教えていただけ」と弁明されたが、信用できない。
佳奈さんは別れを切り出し、部屋から出ようとした。すると腕を引っ張られて部屋に連れ戻され、ベッドで羽交い締めにされた。「苦しい」と声を出し、ホテルのスタッフに助けを求めようとすると、彼は佳奈さんの首に手をかけ、涙を見せながらこう言った。 「じゃあせめて一緒に死んでくれ。それか、抱かせてくれ」 そのまま、避妊具なしの性交を強要された。翌日、クリニックでアフターピルの処方を受けた。この費用も佳奈さんが全額負担している。
アフターピルを巡る佳奈さんと友人とのLINEでのやりとり=佳奈さん提供
▽書き出してみて、初めて気づいたこと その後も何度か別れを切り出したが、そのつど「死ぬ」などと言われ、うやむやに。佳奈さんが振り返る。「それでも関係が続いたのは、遠距離だったからかもしれない」 だが翌年、佳奈さんは東京の病院に転職。会う回数が増え、険悪になる回数も多くなった。 そして今夏、彼が就職。お祝いのメッセージを送ったところ、連絡が来ない。さらに、何も言わずに部屋を引き払っていたことも分かった。
音信不通のまま交際が終わったが、あまりにも一方的な別れ方。ショックを受けた佳奈さんは気持ちを整理するため、これまでにあったことを文章にして書き出していった。 「我慢していたことがたくさんあって、このままじゃ消化できない気持ちでした。当時は『つき合っていたらこれぐらいのことはあるだろう』『別れなかった自分が悪い』と思っていた」 ところが、書き出していくうちにあることに気づく。
「これ、DVだったんじゃないか?」 試しに、書き出した内容をチャットGPTに入力してみた。 すると、「法的リスク」を指摘する回答が返ってきた。法律の専門家に聞いてみたくなり、弁護士に相談。 弁護士は言い切った。「強制性交罪に該当しうる」 そして佳奈さんに尋ねた。「どうしますか?」
警視庁=2023年7月撮影、東京・霞が関
▽「傷つけられたままでいたくない」 弁護士の指摘を聞いた佳奈さんは感じた。 「私はそんなに酷い仕打ちを受けていたのか」 取り得る手段の一つとして刑事告訴があることも知ったが、「まだ若い彼の将来がつぶれるかもしれない」と、踏みとどまったという。
しかし7月下旬、都内のショッピングモールで偶然、彼と鉢合わせた。佳奈さんが思わず声をかけると、相手はなぜか驚いて逃げ出したという。 直後、彼からLINEでメッセージが。「なんで接触してきたんだよ」「打つ手がないからだろ」 彼は、自分がした行為を「加害」と認識していたと感じた。 「証拠がないと安心し、加害行為をなかったことにしようとしている」 黙っていられないと思った。 「私は傷つけられたままではいたくない。それに彼にも、人を傷つけたまま放置する人でいてほしくない」 弁護士に告訴状の作成を依頼した。
▽「知ってもらいたい」 ただ、告訴状を出したとしても、警察に取り合ってもらえないこともある。警察はいったん告訴を受理すれば、捜査しなければならないからだ。立件するには証拠も必要になる。今回、佳奈さんが「特にひどい」と感じたホテルでの上記2件は、4年も前の出来事でもある。 それでも、証拠はあった。1件目は被害直後に友人に相談していたため、友人に陳述書の作成を依頼。当時の状況について証言してもらった。2件目については、直後に友人にLINEで相談していた記録が残っていたほか、アフターピルを処方してもらったクリニックの診断記録もある。
告訴状では、計2件の行為が「強制性交罪などに当たる」と記載(現在は不同意性交罪だが、2件は法改正前に起きたため)。被害を克明に記した上で、こう書いた。 「同意ない性交で多大な精神的苦痛、恐怖を感じた。卑劣な行為に厳重な処罰を求めるとともに、損害を可能な限り回復すべく告訴する」
▽「捜査だけでも、加害者には『釘』に」 「受理してもらえるだろうか」と心配だったが、8月に正式に受理された。今後の行方は、警察の捜査にゆだねられた。
10月、佳奈さんは事情聴取を受けた。担当が男性刑事と知って不安だったが、被害者の心情に寄り添うように話を聞いてくれ、配慮を感じたという。 「交際相手からの性被害は、別れた後で気づくことが多いと思います。私のように行為から4年たっても、告訴を受理して捜査してもらえることはぜひ、知ってもらいたいです。起訴されるかどうか分かりませんが、警察の捜査を受けただけでも加害者に釘を刺すことになると思う」

▽警察相談は100人に1人 内閣府の2023年度の調査によると、不同意性交などの被害経験がある人(男女)のうち、加害者が「交際相手」「元交際相手」だったのは16・4%と最多。次いで「職場・アルバイト先の関係者」(10%)、「配偶者」(8・6%)、「学校の生徒・学生」(8・6%)と続く。カップル間での不同意性交が多いことが分かる。
被害相談については「誰にも相談しなかった」が55・7%。実際に相談したケースのうちでは「友人・知人」(29・3%)が最も多く、警察への連絡はわずか1・4%だ。泣き寝入りが多く、佳奈さんのように警察に相談する人はまれだ。 その理由は「恥ずかしくて誰にも言えなかった」「相談しても無駄だと思った」「自分が我慢すればこのままやっていけると思った」。
パートナー間の性犯罪について解説する海渡双葉弁護士=11月6日、横浜市中区
▽「似た体験を持つ人と共有したい」 パートナー間の性犯罪について論文を発表している海渡双葉弁護士(神奈川県弁護士会)はこう指摘した。 「パートナーからの性被害件数が多いのは政府の統計でも明らかですが、事件化されているケースはまだまだ少ないです。たとえ事件化されても、被害者供述の信用性が争点となって公開の法廷で証言を求められることも多く、被害者の負担が重い現状があります。後日の告訴などに備え、被害直後に速やかに客観証拠を保全できる仕組みが必要だと思います」
佳奈さんはつらい体験がトラウマになり、カウンセリングを受け、自らをケアするようにしているという。最後に、取材を受けた理由を語ってくれた。 「私と似た被害体験をしている女性は多いと思います。この経験を共有できれば」 × × × 読者からの情報提供などを募集しております。こちらにお寄せください。 [email protected]