「いま振り返ると、それが運の尽き」14億円を横領した『アニータの夫』(68)が振り返る“アニータと出会った日”の記憶

当時、青森県住宅供給公社で経理を担当していた千田郁司氏が14億円超を横領し、その多くをチリ人の妻であるアニータ・アルバラードに送金した「アニータ事件」。なぜ、一介の経理担当者だった千田氏は、これほどまでの大金を動かすことができたのか。そして、アニータ事件とは何だったのか。
朝日新聞の坂本泰紀記者が、千田氏の証言を基にまとめた書籍『 アニータの夫 』(柏書房)から、アニータと出会ったその日のエピソードを抜粋してお届けする。(全5回の1回目/ 続きを読む )
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出会ったのは「小汚いスナック」だった
その夜は公社の歓送迎会だったけど、途中で会場を抜け出しました。
公社は青森県庁から天下ってくる人間が多くて、県の係長クラスがぼこっときて課長になるけど、俺みたいなプロパーは頑張っても係長止まり。普段は「天下りの廃止求めようぜ」なんて、くさしているプロパーの連中が、飲み会では、天下ってきた連中の献杯に行く。
俺は自分のお膳の前で、ちびちび飲んでいたけど、そういう寒い光景を見るのが嫌になって、会場を出たんです。
ふと見上げると、「エンゼル」というスナックの看板が目に入った。
「さて、天使にでも会いに行くかな」って階段を上がっていった。青森の繁華街にある一流の店じゃなくて、小汚い感じのスナックだったけど、じゃあ一杯飲んでいこうかなって、パッて入った。
いま振り返ると、それが運の尽きだった。人生変わってしまうんだから、おそろしいもんです。
出会った初日、アニータからホテルに誘ってきた
店に入ると水槽があって、エンゼルフィッシュが泳いでいた。
「エンゼルって魚のことか」って思っていたら、「いらっしゃいませ。はじめてですか?」って日本人のママが出て来た。その後からぞろぞろと外国人や日本人の女の子たちが現れた。何飲みますかって言われたから、「じゃあウイスキーお願いします」って。ボックスの中に、俺とママが座って、向こうのボックスには女の子たちが待機していた。
「誰かお気に入りの子はいますか?」って聞かれたから、「別に誰でもいいよ」って答えたら、「じゃあ、キャンディ」って。ほお骨が出たガリガリの外国人の子を呼んだんだよね。日本語話せるかって聞いたら、話せるからって。
「この子、おなかが減っているの。向かいのお店に連れて行ってくれないですか?」
そうママに言われて、「ここでなんか食べさせればいいんじゃない。メニューは?」って聞いたら「ここにはポテトチップとかしかない。向かいにお店があるから連れて行ってもらえないですか」。
しょうがないから向かいの焼鳥屋に連れて行った。牛串を頼んだら、「おいしい、おいしい」って。「店に戻るか」って聞いたら「ダメダメ。これからあなたとわたし、そこに行く」って指さしたのがホテルだった。
俺は「帰るよ」って言ったけど、「帰るダメ。わたしなぐられる」。仕方なくホテルに行ったけど、香水の匂いだかいろんな匂いが混じって臭かった。
シーツも汚くて、その時は彼女にお金だけ渡して帰った。その日の後からです。彼女から電話がかかってくるようになったのは。
アニータが千田氏に語った「日本で売春を続ける理由」とは?
――交際が始まった「キャンディ」から「アニータ・アルバラード」という本名を教えられた。彼女が語った少女時代の思い出が、千田の心を激しく揺さぶった。
東京には外国人がそこら中にいたんだろうけど、20年以上前だと青森では珍しかった。
新鮮だったし、「なんでこんなへんぴなところ来てんの?」って身の上話を聞いたら、南米チリに2人の子どもを残して出稼ぎに来ているって。
当時、彼女は23、24歳。子ども2人ってだろって思ったけど、写真を見せて「愛しているんだ」って。目の前で子どもに電話をかけるわけですよ。そうなると、偽りないんだな、しょうがなくて売春しているんだなって、納得しちゃった。
たどたどしい日本語で、子どもの頃のクリスマスの思い出も話してくれた。
彼女の国ではお金持ちしか牛肉を食べられないから、アニータの家族は夕食に鶏肉を食べる準備をしていた。そうしたら、「コンコンコンコン」と扉をノックする音が聞こえた。外に出ると、もっと貧乏な親子が皿を持って立っていた。
「だからうちの家族、鶏肉あげた。少なくなったけど、みんなで分け合って食べた。お肉は足りなかったけど、みんな笑って幸せなクリスマスだった」
そんな話をするわけよ。その言葉に、本当に心がきれいで純粋だと思った。私は両親が公務員で、お金に困ったこともない。アニータの話を聞いて、ぼろぼろ涙が出たよね。
一生懸命、片言の日本語で話をするじゃない。「本当に困っているんだな」ってごまかされるんだよね。一生懸命の日本語は可愛くて、むなしくて、ダメなのよ。大きな体して、小さい子どもと一緒で可愛いのよ。
愛の形はそれぞれ色々あると思うんだけど、弱さとか、そういうところを好きになるのもあるじゃないですか。かわいそうという感情もあったのかな。遠いチリから日本にひとりで来てね。祖国に子ども2人を残しているけど、金がないから帰れない。愛しているとか、好きだとかいう前に、彼女を守ってあげたいという気持ちがあったのかもしれない。
〈 「それがアニータに渡した最初だよね」最初は300万円から…“アニータの夫”(68)が明かす、『総額8億円以上』も貢ぐことになった「きっかけ」 〉へ続く
(坂本 泰紀/Webオリジナル(外部転載))