死刑判決は正当だったのか?元裁判官が問う「ハンセン病裁判」の闇

―[その判決に異議あり!]― 1952年に起きた殺人事件で逮捕されたハンセン病の男性が、隔離施設に設置された特別法廷で審理され死刑判決を受けた(1962年に執行)。だが、差別に基づく誤認逮捕、偏見に満ちた審理の可能性が指摘されている。1月、4度目の再審請求を熊本地裁は退けた。“白ブリーフ判事”こと元裁判官の岡口基一氏は、「菊池事件第4次再審請求 熊本地裁判決」について独自の見解を述べる(以下、岡口氏の寄稿)。◆違憲の可能性も再審は認めない! ハンセン病差別が生んだ罪事件 ハンセン病患者に対する差別は、この国で起きた歴史的な人権侵害として検証されるべきだ。しかも、加担したのは行政だけじゃない。裁判所までが、患者を「法廷に入れない」という露骨な差別を容認してきたのだ。 最高裁には「特別法廷」を設置できる仕組みがある。そこで、それをハンセン病患者の隔離施設の側に置いた。ハンセン病患者は、市民と同等に裁判を受ける権利はない──そんな扱いだったのだ。 さらに悪質なのは、特効薬が普及して隔離の必要がなくなった後も、この特別法廷が当たり前のように正当化されてきた点である。これを重大な人権侵害と言わずして、なんと言おうか。批判を受けた最高裁は、重い腰を上げて調査を開始し、’16年には「患者の人格と尊厳を傷つけた」と謝罪。最高裁が自ら頭を下げるのは異例の対応と受け止められたが、俺には別の狙いが透けて見えた。 なぜなら、最高裁は表向き謝ってはいるものの、「特別法廷」については憲法違反と認めなかったからだ。 隔離の必要がないのに、ハンセン病患者だけ特別法廷で裁く──。これは、平等原則(憲法14条)にも、裁判公開の原則(憲法82条)にも明らかに違反する行為だ。 しかし、最高裁が「憲法違反」と明言すれば、特別法廷で行われた過去の裁判が、再審でひっくり返る可能性も出てくる。影響の大きさを恐れた最高裁は、違憲判断を避け、苦渋の決断で謝罪というカードを切った──そう見えてならないのだ。 それどころか最高裁は、全国の裁判官にハンセン病施設の見学を勧め、「裁判所全体で反省している」とアピールし始めた。見学自体は悪くない。だが、もしそれが違憲判断の回避から目を逸らすための演出なら、姑息な手段と言わざるを得ない。◆憲法違反であると認めつつも… そんななか、特別法廷で開かれた刑事裁判を巡って、実際に再審開始の申立てが行われたのが、今回取り上げる「菊池事件」である。