先の衆院選では高市早苗首相率いる自民党の圧勝により、立憲民主党と公明党が合流した中道改革連合では、大物の落選が相次いだ。そのうちの一人が過去に二度の政権交代を実現した”政界の壊し屋”こと小沢一郎氏(83)だ。議員生活56年目にして味わった、まさかの敗北に、何を思うのか。そして政治家人生には終止符を打たず、「現役続行」を宣言した真意とは。フリージャーナリストの城本勝氏が問うた。(文中一部敬称略)【第2回】
中道改革連合結成から失敗までの舞台裏
今回の自民党の小選挙区の得票総数は約2771万票。前々回2021年の約2762万票とほぼ同じだ。2005年の小泉郵政選挙の約3251万票と比較すると大きく下回っている。
「強い時の自民党は小選挙区で3000万票取ったんです。民主党で政権交代し、鳩山政権ができた時も、3000万票を超えた。今の高市人気は実は見かけ上のブームで、実態はそれほどじゃないんです。だから、この結果になったのは、ひとえに野党がバラバラだったからなんですよ」
それにしても、中道改革連合の失速は凄まじい。過去、何度も新党結成に関わり、2度の政権交代も実現した小沢がいながら、なぜここまでの敗北を喫したのか。小沢による関与は本当になかったのか、メディアの間ではその疑問が付きまとっている。
「安住君(淳幹事長)が2、3回報告に来たけど、全然関わっていませんよ。本当に単なる報告だったけど、それでも僕は『野田(佳彦)代表・安住幹事長の二人でやっちゃ絶対ダメだ』って言ったんです。『君たち二人で作ったら全然新党じゃない。代わった方がいい』と。そうしたら安住君は、『いや、野田さんに辞めろと言うわけにはいきません』と言う。
こういう時は『自分が辞めるからあなたも辞めなさい』と言わないとダメなんです。自分はそのままで、あんただけ辞めろと言っても上手くはいかない。それで安住君に『まず君が辞めろ。そして極端に言えば誰でもいいから新しい人を立てて、それで戦うべきだ。共同代表なんて、勝てっこない』と言ったんです。しかし聞き入れられず、案の定だ。
また、公明党の比例順位をすべて上位にするなんて、あんなことをしてはダメだ。公明党もやりすぎです。それで結局今、公明党への批判が強くなっている。自分たちだけいい思いをしたとなってしまうから。だからリーダーというのは重要なんです」
かつて新進党を結党した頃、小沢は公明党・創価学会と強い関係を築いたと言われていた。しかし、新進党解党、自民党と公明党の連立、という歴史を経て、その関係も希薄になる一方だった。立憲の中にも、公明党とのパイプはほとんどない状態での新党結成という急展開に無理はなかったのだろうか。