名大関・若嶋津が死去、69歳 「南海の黒ヒョウ」で人気 みづえ夫人「親方、ありがとう」

「南海の黒ヒョウ」の愛称で人気を誇った元大関・若嶋津の日高六男(ひだか・むつお)さんが15日午前11時34分、肺炎のため千葉県鎌ケ谷市内の病院で死去した。69歳。鹿児島県出身。

夫人で元歌手のみづえさんによると昨年夏から体調を崩し同施設で入院。この日、家族らに見守られて天国へ旅立った。みづえ夫人は「親方には、ありがとうという気持ちです」と感謝の思いを口にした。

日高さんは鹿児島商工(現樟南高)から角界入り75年春場所に「土俵の鬼」と言われた第45代横綱の初代・若乃花が師匠の二子山部屋に入門し、初土俵を踏んだ。80年春場所で新十両昇進。81年初場所で新入幕。83年初場所で大関に昇進した。幕内最高優勝は2度。引退後は松ケ根部屋を興し小結・松鳳山ら関取7人を育てた。

《若嶋津年表》

▼1957年1月12日 鹿児島県種子島に生まれる。8人兄弟の末っ子で6男。

▼1974年 鹿児島商工高(現樟南高)入学と同時に相撲部に入部。3年時に県選抜チームの大将として茨城国体に出場。団体優勝に貢献。

▼1975年春 二子山部屋に入門。師匠は初代・若乃花の花田勝治氏。三月場所で「日高」のしこ名で初土俵を踏む。

▼1980年三月場所 新十両昇進と同時にしこ名を「若島津」に改名。

▼1981年一月場所 新入幕で10勝を挙げ敢闘賞を受賞。

▼同年十一月場所 横綱・北の湖を破り初金星。

▼1982年一月場所 北の湖から2場所連続金星を獲得するなど12勝を挙げ技能賞を受賞。

▼同三月場所 三役昇進(関脇)

▼同九月場所 敢闘賞・技能賞を受賞。

▼同十一月場所 技能賞を受賞。

▼1983年一月場所 大関に昇進。9月場所で「若嶋津」に改名。

▼1984年三月場所 14勝1敗で初優勝。

▼同七月場所 15戦全勝で二度目の優勝。

▼1985年9月27日 歌手の高田みづえさんと挙式。

▼1987年七月場所 場所中に引退。通算515勝330敗21休。年寄「松ケ根」を襲名。

▼1990年2月 二子山部屋より分家独立し松ケ根部屋を興す。

▼1999年三月場所 若孜(中尾)が十両昇進

▼2000年一月場所 若光翔が十両昇進

▼同五月場所 若東龍が十両昇進

▼同十一月場所 春ノ山が十両昇進

▼2010年五月場所 松谷(松鳳山)が十両昇進。

▼2014年4月 日本相撲協会の理事に。

▼同12月1日 年寄「二所ノ関」を襲名。

▼2017年10月19日 船橋市内の路上で倒れる。

▼2019年七月場所 一山本が十両昇進

▼2021年12月 元横綱・稀勢の里の荒磯親方と名跡を交換。放駒親方(元関脇・玉乃島)が旧二所ノ関部屋を継承。

▼2022年1月11日 日本相撲協会を定年。参与として協会に残る。

▼同三月場所 島津海が十両昇進。

▼2023年7月 日本相撲協会を退職。