生成AI(人工知能)で自身の声を模した動画を作られ、SNSに投稿されたとして、人気声優の津田健次郎さん(54)が提訴に踏み切った。生成AIによる声の権利侵害を裁判で争う初のケースになるとみられ、不正競争防止法違反やパブリシティー権侵害に当たるかが争点となる。(安田龍郎)
「首ポキは絶対にやめておけ」「カラスの賢さははっきり言ってネクストレベルだ」――。訴状によると、動画共有アプリ「ティックトック」のあるアカウントには、低音で渋い声のナレーションが付けられた雑学などの動画が180本以上投稿されている。
津田さん側がこのアカウントの投稿動画に対し、法的手続きに乗り出したのは昨年6月。ティックトックの運営会社に発信者情報の開示を求める裁判を東京地裁に起こした。
地裁は昨年8月、権利侵害を認めて開示を命じ、同社は昨年2月時点の接続記録を開示した。津田さん側はそれを元にプロバイダー(ネット接続業者)に問い合わせたが、接続記録の保存期間が過ぎており、発信者の特定に至らなかった。このため昨年11月、動画の削除を求めてティックトック側を提訴した。
法務省関係者は、生成AIを巡り声の権利侵害が争点となる訴訟は「例がないのではないか」としている。
訴訟では、津田さん側は不正競争防止法違反とパブリシティー権侵害を主張している。
同法は、広く認識されている商品などの表示と同一もしくは類似のものを使用し、混同を生じさせる行為に適用される。経済産業省は昨年、ある人物と同一の声を出力できるAIで持ち歌ではない曲を歌わせ、公開するなどした場合は、同法で「対処可能」との見解を示している。
パブリシティー権は、著名人が自分の名前や肖像などを独占的に利用できる権利だ。明文化した法令はないが、雑誌記事に載ったピンク・レディーの写真を巡る2012年の最高裁判決で、顧客を引きつける目的で他人の肖像等を用いた場合はパブリシティー権の侵害に当たるとした。AI時代の知的財産権のあり方を議論する内閣府の検討会が24年に公表した見解では、声もパブリシティー権で保護できるとしている。
今回のケースでは、▽声が同一もしくは類似か▽混同を生じさせるか▽声の利用で視聴者を引きつけたか――がポイントになる。
これまで3回の争点整理手続き(非公開)が行われ、原告側は「ツダケンの声がする」といった動画へのコメントや、原告の声と動画の音声に「高い類似性」があるとする音響分析の結果から立証を図っている。被告側は、同様の声質を持つ人は数多く、投稿者が「友人の声だ」と別のサイトで説明していると反論している。
パブリシティー権を巡っては、ありふれた内容の動画を声で差別化していると主張する原告側に対し、被告側は動画の内容へのコメントが多く、声で引きつけているわけではないと訴えている。
生成AIによる声の権利侵害を巡っては、法務省は4月、民事上の責任について議論する有識者検討会を発足させた。今夏にもどのようなケースが権利侵害に当たるかの指針を公表する。委員を務める明治大の今村哲也教授(知的財産法)は、「サインや顔写真などの類似性の判断は比較的容易だが、声は客観的な判断が難しい。声の法的保護を進めるには、具体的なケースで司法判断が示されていくことも重要だ」と指摘する。
福山潤さん「社会全体で考えるべき問題だ」
他の声優からも不安の声が上がる。アニメ「おそ松さん」などに出演する人気声優・福山潤さん(47)は、自身が声を演じたアニメキャラを勝手に歌わせている動画を目にしたことがあるといい、「自分の声がコントロールできない恐ろしさを感じた」と話す。
24年からは声優有志らと「NO MORE 無断生成AI」運動を展開し、声の無断利用防止を呼びかけてきた。「無断生成が横行すれば、若手声優の活躍の機会が減ってしまう。個人の声がなりすましや犯罪にも使われかねず、社会全体で考えるべき問題だ」と訴える。