「さらなる行動を起こしたい」日本赤軍のメンバー岡本公三容疑者
1972年にイスラエルで銃乱射事件を起こした日本赤軍のメンバー、岡本公三容疑者が亡命先のレバノンで死亡しました。JNNは、現地で40年以上交流を続けた人物を取材。岡本容疑者が謝罪や後悔の気持ちを示すことなく、「さらなる行動を起こしたい」と話していたと証言しました。
岡本公三容疑者の死亡受け 支援していた過激派組織の幹部らが集まる
レバノンの首都ベイルートでは25日、日本赤軍のメンバー、岡本公三容疑者が死亡したことを受け、支援していた過激派組織の幹部らが集まりました。
岡本容疑者は1972年、イスラエルの空港で仲間2人とともに銃を乱射し、観光客ら24人が死亡。その後、国際手配され、レバノンで亡命生活を送っていましたが、23日に死亡しました。
岡本容疑者が40年以上交流を続けてきた人物を独自取材
JNNは、岡本容疑者が40年以上交流を続けてきた人物を独自に取材しました。
パレスチナ解放人民戦線総司令部幹部 バデル・ニメル氏 「彼は、あの事件を自らの闘争人生の出発点、そして原点だと考えていました。もし自分にできることがあるなら、さらなる行動を起こしたいと常に話していました」
事件について謝罪や後悔の言葉を口にすることは一切なかった
事件について謝罪や後悔の言葉を口にすることは一切なかったという岡本容疑者。二メル氏によると、2023年10月のイスラム組織ハマスによる奇襲攻撃など、イスラエルに対する攻撃や作戦のニュースに触れるたびに「喜んでいた」ということです。