「安倍晋三の後継者」と評されることの多い高市早苗首相。安全保障や憲法改正、経済安全保障など政治思想には共通点が多い一方、その「支持のされ方」には大きな違いが見え始めている。時事通信社の8月の世論調査では、高市内閣の支持率は48.4%となり、政権発足後の最低を更新。別の民放調査では、発足直後に80%だった無党派層の支持が49%まで低下した。支持率が落ちても支持が戻る構造を持っていた安倍政権に対し、高市政権では何が起きているのか。「安倍の後継者」という言葉だけでは見えてこない、2人の強さと弱さ、そして“選挙の勝ち方”の違いを読み解く。
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“外側”が剥がれていることは間違いないが…
高市早苗首相について語るとき、「安倍晋三の後継者」という言葉がよく使われる。安全保障、憲法改正、経済安全保障。政治思想を並べれば、たしかに2人は近い。
トロント大学のフィリップ・リプシーも2026年、学術誌『パシフィック・アフェアーズ』に発表した「地滑り的大勝の後――高市政権と安倍政権の比較」で、安倍氏を高市氏の政治的な師であり、思想上の盟友と位置づけている。
高市氏は憲法改正や経済安全保障など一部の分野では、安倍氏以上に主導権を取りやすいとも分析した。実際、2026年2月の衆院選で自民党は316議席を獲得した。衆院だけなら圧倒的である。
それでも、最近は支持率が落ちている。
私が一番引っかかったのは、支持率そのものではない。「誰が離れているのか」である。
2026年8月の民放調査では、高市内閣の支持率は59.2%だった。自民党支持層では、なお86%が高市内閣を支持している。一方で無党派層では49%まで下がった。発足直後には無党派の80%が支持していたから、“外側”が剥がれていることは間違いない。
安倍政権は支持率が落ちても戻ってくる仕組み
86%(自民党支持層)と49%(無党派層)。
最初にこの2つの数字を見たとき、私はこれが高市政権の弱点だと直感的に思った。安倍政権には支持率が落ちても戻ってくる仕組みがあったからである。
早稲田大学の河野勝は2021年、ケンブリッジ大学出版局から刊行された研究書で「なぜ安倍内閣の支持率は復活するのか」という研究を発表している。
2015年の安全保障法制をめぐる支持率低下を調べると、安倍氏から離れた中心は、もともと安倍氏を嫌っていたリベラル層ではなく、保守的な人々だった。政策的には安倍氏に近いのに、法案の進め方などに反発して一時的に支持を引っ込めたのである。
政策距離は近い。だから時間がたつと戻りやすい。安倍政権の支持率低下には、最初から「帰ってくる人」が交じっていた。家出に近い。
その点、高市氏は逆に見える。自民支持層の86%は、いまだに支持しているのだから。
86%が残っていることは、本当に弱点なのだろうか
憲法、安全保障、外国人政策などでさらに保守色を強めても、86%を少し上に動かす余地しかない。対照的に無党派は離れている。高齢者でも支持が落ち、物価高対策への不満が強い。ならば安倍氏より危ういのではないか。
ところが、ここで考え直した。
86%が残っていることは、本当に弱点なのだろうか。むしろ高市政権の強さは、そこにある。政治学では、政党への帰属意識が強い有権者ほど投票に行きやすく、その政党へ投票する確率も高いことが繰り返し確認されている。
日本の国政選挙を扱った研究でも、組織化や動員と得票の関係は重要な論点であり、「投票率が上がれば無党派型政党が必ず有利になる」といった単純な法則では説明できない。
選挙で必要なのは、世論調査で薄く好かれることだけではない。投票所まで来て、候補者名を書き、友人に勧め、街頭演説を見に行き、交流サイトで動画を広げる人がいることだ。熱量の高い支持者は、この部分で強い。
2026年2月の衆院選では、高市氏を前面に出した自民党の動画広告が1月26日から2月7日までに1億5300万回以上再生された。日本テレビも選挙後、自民党をめぐる交流サイト上の拡散アカウント数の増加を「7倍」として検証している。
ここで安倍氏との違いが、別の形で見えてくる
広告再生数や投稿数を、そのまま票に置き換えることはできない。それでも、高市氏を中心にした選挙運動がネット上で巨大な存在感を持ったことは事実である。
そして自民党は316議席を取った。ネットが大勝を生んだと因果関係まで断定する証拠はない。だが高市氏が、従来の自民党政治とは違うデジタル上の動員力を持つことは、選挙戦略を考えるうえで無視できない。
ここで安倍氏との違いが、別の形で見えてくる。安倍氏は支持を広く保つことがうまかった。2012年末に政権へ戻ると、最初の看板に置いたのはアベノミクスだった。大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略という3本の矢である。
2013年4月には日銀が大規模な金融緩和へ踏み込んだ。株価が動き、円相場が動き、求人倍率も改善した。そのすべてをアベノミクスの成果とするのは乱暴だが、政権が何を優先しているのかは分かりやすかった。
経済で広い支持を取り込み、その後に安全保障法制のような対立の強い政策へ進んだ。
高市首相はすでに、その常設の応援団を持っている
高市氏は違う。物価高対策、消費減税、成長投資を進める一方で、皇室、国旗、安全保障、憲法、外国人政策なども同時に動かす。無党派や高齢者から見れば、「自分の生活はいつよくなるのか」という不満が残る。
8月の調査でも政府の物価高対応を評価しない人が6割を超えている。ここだけを見れば、安倍氏より分が悪い。
だが選挙となれば話は変わる。無党派層は固定的な支持政党を持たない。離れる一方で、政策や争点によって戻る層でもある。
2026年2月の衆院選では高市氏の個人人気を前面に出し、自民党は歴史的大勝を収めた。次も同じことが起きると証明した研究はないが、それでも勝ち筋ははっきりしている。
以下は私の推論である。
日頃より熱量の高いコア支持層を失わない。交流サイトではその支持者が発信と拡散を続ける。そして選挙が近づいたところで、物価、減税、社会保険料、手取りといった無党派層にも届く大胆な政策を打ち出す。
コアを土台にして、その外側へ一気に支持を広げるのである。これは選挙戦略として強い。選挙運動は公示日から突然始まるわけではない。日常的に政治情報を追い、首相の発言を擁護し、動画を共有する人がいるほど、選挙期間に入った瞬間の立ち上がりは速い。
高市氏はすでに、その常設の応援団を持っている。無党派の好感度は政策で動かせても、こうした支持者の熱量を短期間で作るのは難しい。
安倍氏の「広く保ち続ける政治」との違い
この構造では、平時の支持率低下をそのまま選挙敗北の前兆と読む必要もない。世論調査は、その時点での評価を測る。選挙は、候補者を選ぶ行動である。必要なのは、投票日までに支持者を固め、最後に迷っている層を取り込むことだ。
高市氏のように固定支持層の熱量が高い政治家は、選挙直前の争点設定が当たったとき、一気に外側を上積みしやすい。これは安倍氏の「広く保ち続ける政治」とは違う。支持を常時広く保つのではなく、必要なときに広げる政治である。
むしろ難しいのは逆のパターンである。すなわち普段の支持率は高いが、誰も熱狂していない政権だ。
選挙になるたびに支持者をゼロから動かさなければならない。交流サイトでも自然な拡散が起きない。政策を1つ間違えれば、薄い支持は簡単に別の党へ流れる。高市氏には少なくとも、そこから始める必要がない。
高市氏には「そもそも離れにくい支持者」がいる
安倍氏には「離れても戻る支持者」がいた。その点、高市氏には「そもそも離れにくい支持者」がいる。この違いは、高市政権の弱さではない。選挙ではむしろ強さになる。
高市氏の課題は、支持率を発足時の水準まで戻すことではない。
86%の土台を壊さず、選挙の瞬間に49%の外側をどこまで取り戻すかである。物価高への不満が強いなら、選挙前に生活へ直接届く政策を出す。その政策に説得力があれば、離れた無党派を再び引き寄せられる。
そこへ熱量の高い支持層の動員力と交流サイト上の拡散力が重なる。安倍氏は広く支持を取り、その一部が離れては戻った。高市氏は中心を固く残しながら、外周が大きく伸び縮みする。
安倍晋三元首相と同じ勝ち方ではない。だが高市早苗首相には、高市早苗首相なりの選挙の勝ち方が見え始めている。
支持率という一枚の写真だけを見て、政権の体力を測る時代は、もう終わったのかもしれない。数字が下がっても揺らがない中心と、いざという時に一気に広がる外周。
高市政権を読むには、平時の世論調査ではなく、選挙という一日の設計図を見なければならない。安倍政治とは異なる物差しが、いま静かに求められている。
文/小倉健一 写真/shutterstock