子どもへの性暴力を防ぐための法律が今年12月25日に施行されます。学校などで準備が進められていますが、万が一性加害が起きてしまったら?子どもが相談してきたら対応できる体制はできているのでしょうか?
被害者支援、被害者ケアに詳しい上智大学総合人間科学部心理学科の齋藤梓准教授(公認心理師、臨床心理士)は、子どもに特化した訓練を受けた専門家が裁判などに必要な情報を子どもから聴き取る、かつ心理的ケアも行うワンストップの機関が全国各地に必要だと訴えます。
──性暴力を受けた子どもの心がきちんとケアされるために必要なことは?
子どもの権利の保護と心のケアが両立されるために、適切な記憶の聴き取りと心のケアが並行して行われることは重要です。子どもの記憶は特に年齢が小さいほど、簡単に誘導されてしまうのです。子どもは自分が今覚えている、このことは自分の体験なのか、誰かが言ったことなのかが分からないといったことがあります。また子どもは「大人は自分よりちゃんと事実を知っているはずだ」と思っているので、大人が言ったことにうっかりうなずいてしまうとか、責められる、怒られるんじゃないかと思うと、うまく答えられないといったこともあります。
そして、司法面接のような聴き取りが終わったら、その子どもがトラウマの反応に振り回されずに生活していけるように、いろいろな手立てを取ることが必要です。トラウマによって引き起こされている心身の反応について、子ども自身が理解して、自分で対処していけるように。そして、周りの人たちがその子を二重三重に傷つけないような対応を取っていく必要があります。
こちらから限定しないオープンな形で、触られた場所を聞くなどはよいのですが、いつとか何回とか答えるのは結構子どもには難しいことなのです。子どもから話してくれる場合にはいいですけど、こちらからそこを詰めようとすると齟齬が生じてしまう可能性があるので。基本的に初期開示(注:最初に被害を口にすること)では誰がどこに何をしたかが分かったら、そこで終わるのが望ましい。それ以上聞いてしまうと記憶が大人の言うことに引っ張られる恐れがあるので、ひとまず警察に相談するなど、難しい判断が迫られます。
──事業者は大ごとにしたくない、様子を見よう、自分たちで何とかしようとか、考えそうですが
事業所の人たちもショックで、本当のことか疑ってしまう、大したことないと思いたい、という場合があるので、実際どう運用されていくんだろうと心配はあります。今、私はいろいろなところで「最初から大ごとだと捉えて対応してほしい」と言っています。もちろん、事実確認は適切に実施される必要があります。しかし、最初に軽んじてしまうと、お子さんや保護者はすごくショックを受けます。子どもがせっかく相談したのに、大人が対応してくれないとなると、その子どもは一切言えなくなり、次に相談するのは20年先になってしまうということもあります。
──そういう点でも外部のワンストップ相談の場所があれば、そこに行き、すぐ事実確認できますよね。加害者が組織内の人だった場合、大人たちは組織を守る方に頭がいって、対応するかは「もっとちゃんと確かめてからにしよう」となりそうです
適切な事実確認をしよう、組織を守ろう、と思うことは、大事なことだと思います。難しいのは、その「確かめる」ということは、子どもに繰り返し尋ねることになり、その結果、子どもの記憶や証言内容の信用性が失われ、事件化できないといったことがこれまでにかなり起きているのです。子どもは何回も聞かれると「答えなきゃ」と追い込まれて、あやふやでも何か言ってしまうということがありますし、たびたび被害を受けていた子は、いつ?と言われても分からないんです。性虐待などでは、たまたま、ある日時に被害を受けたと子どもが述べて、加害を疑われている人がそこにいなかったと分かったりした時に、実際に加害があったにもかかわらず、事件にすることが難しくなることもあります。
──ちゃんと訓練されたプロが聴き取ることが徹底されるべきですね。被害者支援やケアでほかに課題は?
課題はいっぱいあります。例えばトラウマケアをできる場所が足りません。カウンセリングを受けられても高額だとか、児童精神科がいっぱいで予約が取れないとか、いろいろな問題が発生しています。
そして、刑事手続きが発生するような事件の場合、その手続きの流れを把握して支援する必要があるのですが、その知識はまだ広がっておらず、なかなか難しいです。例えば相手から示談の申し入れがあるとか、起訴か不起訴か決まる時などに、保護者もすごく不安定になります。あるいは仮に加害者が起訴されたとしても、裁判はいつになるのか、裁判に被害者として参加するのかしないのか、参加するとしたら誰がいくか。一定程度の資力要件以下であれば、弁護士に相談したり、被害者参加弁護士の援助を受けられるよう国の補助も使えますが、資力がある人たちは自分たちで弁護士を探す必要があります。子どもが被害に遭った場合、保護者もショックを受けトラウマ反応を示します。子どものトラウマ反応、自分の反応、そして刑事手続きと、保護者にも負担が大きいです。もし子どもが証人として出廷するとなると、検察官に子どもが会いに行く、裁判に出るなどのたびに本当に具合が悪くなったりします、「裁判が始まるよ」というだけで具合が悪くなる、そういった現実の流れを見ながら、子どもと親を支えていくというのは、専門的な技能が必要です。
──性被害の場合も、各地にある「被害者支援センター」の支援は受けられるのでしょうか
被害者支援センターは、多くの場合、刑事手続きに伴走します。それ以前の、被害後早期の医療機関受診や警察への届け出などについては、「性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター(携帯電話からは#8891でつながる、地域によってSNS相談も)」が相談を受けています。ただ、両センターとも子ども支援の専門の知見はまだまだ蓄積途中だと感じます。子ども支援の知見をそこで蓄えるか、あるいは子ども専門のセンターを作るか、が必要だと思います。また性暴力に対応する心理職や弁護士の数が地域によってかなり違うのも課題です。
──子ども時代の被害を数十年後に相談し、加害者が処罰される事案もあります。それに対して「なんで今さら」といった批判の声も聞かれます。被害後、何十年も言えないという例が多い?
何十年も言えないどころか、誰にも言わないケースの方が多いです。いろいろな調査を見ても、誰かに相談をした人が 4 割から半分ぐらいで、誰にも言ってない人が半分ぐらいなので、ずっと誰にも言わずにいるという人も大変多いです。例えば学校の先生による加害だったら、友人には言いにくいかもしれない。そもそも性暴力は、「被害だった」と気がつくまでにすごく時間がかかります。
──従属関係になるように、巧妙に手なずけられている場合もありますか
それもありますし、性暴力は自分の身に起きたことがどんなに嫌でひどくて辛くて「こんなの間違っている」・・と思ってもそれが犯罪だとか、被害、暴力だなどと認識するに至るまでにすごく溝があって。気がつくのがすごく難しいんです。何十年もたって人に話して初めて「それって性暴力だよね」と言われて気がつく方も多いです。今は、いろいろニュースになっているのを見て「ああ、私が受けたあれは犯罪だったんだ」と気がつくとか、今までずっと抱えていた違和感とか苦しさとかしんどさと過去の性暴力のつながりに気がつくということがあります。
──もし気づいたとしても、相談するのは次の段階ですか
そうですね。「相談しても今さらどうなるものでもない」と思ってしまう場合もある。あるいは本当に苦しかったこと、とてつもなく辛かったことを人に相談するのはとても大変なことですよね。最初の1回は明確に「暴力」であっても、その「暴力」を一度受けてしまったあとには、恐怖や混乱から相手に従わざるを得なくなって、明確な「暴力」なく被害が継続していくことがあります。そして、「自分も悪かったんじゃないか」「人に言っても信用してもらえないんじゃないか」となる。だから相談するまでに20年、25年というのは別段長いわけでもありません。
──メンタル不調で悩んで、カウンセリングを受けて過去を振り返ってみたら、実は子ども時代に性加害を受けたと初めて自覚したという例を複数聞いたことがあります
はい、その方が、その時に悩んで語られているその生活の中の困りごとが過去の出来事と結びつくようなことがあるということで発覚することがありますね。
──早めにケアを受けると、将来的な、一生にわたる PTSD とか一生のメンタル不調が少し穏やかに経緯するということはありますか
いつからケアを受けても変化はしていきますが、早めに手当てを受けられたら、だいぶ違うと思います。例えば思春期に性暴力を受けた場合、すごく集中力が落ちて、学校の中でもいつも気持ちがざわざわして勉強など手につかず、受験に失敗するとか、不登校になるということも考えられます。それは、得られたはずのものが得られない人生になる可能性がある。大人であっても子どもであっても、被害を受けてもあまり変わらずに生活していく人たちもいますが、一見大丈夫そうに見ても、実はすごく頑張っているだけで、心はすごく疲弊している、ということもあります。
──各地にある性暴力のワンストップ支援センターは人材不足や資金不足が深刻です
性暴力の相談件数や覚知する件数が増える中、相談体制を充実させる資金がないのです。適切なケアをするのには手厚さは大事で、支援センターの職員たちがちゃんと研修もケアも受けているからこそ、適切な支援が提供できます。性暴力の被害にあった方々は深刻な傷つきを負った状態。そこで行う支援はただ話を聞くとか付き添うではなくて、警察とか検察とか病院などが何をするのかを理解して、その人たちも動きやすいようにする。そして被害者に対して二次被害が発生しないように配慮しながらさまざまな判断を即座にする、高い専門性が必要なんです。今あるワンストップ支援センターももっと強化が必要です。ボランティアの人たちがたくさん助けてくださってはいます。けれども、専門のスキルが必要な専門職であり、支援者の充実が必要です。