日本の「もがみ」型護衛艦の能力向上型(以下、新型FFM)を、オーストラリアが次期汎用フリゲート艦(全11隻)として採用することが決まり、今年4月には両政府は最初の3隻分の建造契約を公表し、「もがみメモランダム」に署名した。
共同通信によれば、オーストラリア政府は新型FFMをベースにした新型艦の開発に、今後10年間で最大200億豪ドル(約2.2兆円)を投じるという。この超大型プロジェクトを日本が射止めたのは、新型FFMの特徴である「省人化」「生存性」「拡張性」が高く評価されたからだと推測される。
ただ、モノが良ければ買ってもらえるほど武器輸出の世界は単純ではない。実は日本には10年前の苦い記憶がある。2014年、政府は「防衛装備移転3原則」を閣議決定して、防衛装備品の海外移転を推進する方針に転換した。
最初のビッグプロジェクトは、日本の潜水艦「そうりゅう」型をオーストラリアに売り込むこと。安倍晋三首相(当時)の肝煎りで始まったこのプロジェクトは、当初は日本が圧倒的有利と見られていた。しかし、16年4月にはフランス案(「バラクーダ」級潜水艦をベースにした通常動力型)の採用が正式に決定。日本は受注競争に敗れてしまった。
今回、新型FFMの移転プロジェクトで制服組のリーダーを務めた佐々木透吏海将補は、「そうりゅう」型の売り込みが進んでいた2012年から2015年にかけて、海上自衛隊の艦船装備計画を担当する海上幕僚監部・艦船装備体系班長だった。「そうりゅう」型の移転プロジェクトにはタッチしていなかったが、「そうりゅう」型にリチウムイオン電池搭載を決めた当事者としてプロジェクトには注目していた。
「みんな必死にやっていましたよ。メンバーは自分の普段の仕事を持ちながら特命でアサインされた人たち。英語の資料が何もないところから、日本の規格をオーストラリアに合わせたり、向こうからの質問に随時対応していたりで、ほとんど寝ていないように見えた。フランスに決まったときはかわいそうなくらいにがっかりしていましたね」
佐々木海将補は「失注した理由はわからない」と口を濁しつつも、「日豪海軍間の絆は強い。『そうりゅう』型はオーストラリア海軍のニーズに応えられる潜水艦で、少なくとも性能でフランスより評価が低く評価されたという認識はない」と話す。
報道では、「そうりゅう」型の取得に前向きだったアボット豪首相が2015年に退陣し、ターンブル政権に交代したことが敗因の一つに挙げられた。加えて、競合がロビー活動を積極的に展開したのに対し、日本は大型装備品の移転に係る国際競争に参加した初めてのケースであり、装備移転についての経験がなかったことも指摘されていた。いずれにしても、「そうりゅう」型の売り込み失敗は、モノさえ良ければ選ばれるわけではないという教訓を海上自衛隊に残したのだった。
「そうりゅう」型の失注で得た教訓は佐々木海将補にも引き継がれた。新型FFM移転プロジェクトの制服組リーダーになると、「これは情報戦」と位置づけて、情報収集と分析のオペレーションを開始した。
情報を重視したのは、敵味方が複雑に入り乱れているからだ。護衛艦の建造は、1社がすべてを担えるものではない。たとえば船体はドイツ、戦闘システムはアメリカ、レーダーはオーストラリア、ミサイルはまた別のアメリカのメーカー、魚雷はヨーロッパ――というように、1隻に多くのメーカーが関わることが普通だ。
こうした企業のなかには、競合国――今回でいえばドイツ、韓国、スペイン――と結びつきの強いところもあれば、基本は中立的ながら、日本が受注したら自分たちのビジネスがなくなるのではないかと心配するところもある。まずはその複雑な構図を読み解く必要があったのだ。
「オーストラリアにはすでにサプライチェーンがあって、そこにいきなり日本が入ると反発を招くおそれがあります。意識したのは、敵をつくらないこと。各メーカーとは私たちもコネクションがあるので、『日本が受注したら、みなさんの仕事がなくなるどころか儲かりますよ』と説明して回りました」(佐々木海将補)
情報活動の結果、オーストラリアの防衛産業やそこに装備を納めるサプライヤーの警戒感は薄れていった。その甲斐あって、24年12月の段階で候補は日本とドイツの2カ国に絞られた。
しかし、そこから先の情報戦も熾烈だった。ロビー活動に長けたドイツ側は、メディアを巻き込んで新型FFMのネガティブキャンペーンを展開したのだ。日本の護衛艦は日本人の体格に合わせて設計されているので、ベッドが小さく居住性が悪いという記事も出た。
居住性はいいことに越したことはないが、ベッドの大きさをことさらに強調するのは難癖に近い。それでも捨て置くことはできず、日本側もメディアやシンクタンクに情報提供。
情報戦で大車輪の活躍をしたのが、岩出洋平1等海佐だ。新型FFMをオーストラリアに売り込むにあたり、かつて佐々木海将補が務めたのと同じ海上幕僚監部・艦船装備体系班長のポストに就いていた。2025年3月、その岩出1佐はオーストラリアのパースに飛んだ。護衛艦「のしろ」(「もがみ」型護衛艦3番艦)がオーストラリアとの共同訓練に参加し、その途中でパースの基地に寄港するからだ。
「次期汎用フリゲートプログラムの関係者が見学にくれば、説明する絶好の機会になります。誰が来るのかわからずに空振りに終わる可能性はありましたが、自分にできることは全部やろうと」(岩出1佐)
海上自衛隊は外国の軍隊との交流が多く、幹部自衛官はそれなりに英語を話せる。岩出1佐もそうだったが、プロジェクトチームにアサインされると、毎朝4時半に起きて出勤までの間、英会話の練習をした。プレゼンや交渉の場では通訳がつくこともあるが、自分の言葉で伝えたほうが刺さると考えたからだ。
岩出1佐がオーストラリア側との接点でよく引き合いに出した話がある。日本の新幹線だ。
「オーストラリア側がとくに気にしていたのはスケジュールでした。自分たちの欲しいタイミングで本当にデリバリーされるのかと、繰り返し聞かれました。私が納期を約束することはできませんが、代わりに『日本の新幹線は30秒遅れただけで乗客に謝罪する。そういう国民性だ』と伝えました。オーストラリアは平気で電車が30分遅れるお国柄ですから『クレイジーだ』と驚いていましたが、日本企業が納期を重視していることは伝わったのではないかと思います」
オーストラリア側にセールス活動する中で、ライバル国との違いを感じる場面もあった。海外では政策決定に関わる政治家や官僚へのロビー活動は普通に行われているが、日本側、とくに公務員である海上自衛隊にはロビー活動する発想もなく、予算も極めて限定的だ。そんな中でどのようにして相手への心遣いを示すのか、そこにも「佐々木海将補流」の工夫があった。
象徴的なのは手土産だろう。国と国との関係にとどまらず、個人の関係でも、友人の家を訪ねる時は手土産を持っていくのが心遣いというものだが、佐々木海将補はいつでも、誰に対してもそういう心遣いを忘れない人だ。例えば、日本側がオーストラリア側の関係者を訪問する際には儀礼として何か小さなプレゼントを渡すのが通例になっているが佐々木海将補は「羽田空港第3ターミナルのドン・キホーテで毎回、日本らしいお菓子を買っていた」という。ロビー活動という発想も予算も無かったが、こういうちょっとした心遣いがオーストラリア人の心を掴んだのかもしれない。
交際費などがない中でどのように交流を深めるか。世界の海軍には軍人同士の交流でチャレンジコインと呼ばれるメダルや、部隊の帽子を贈り合うカルチャーがある。ただ、毎回同じでは印象に残らない。悩んでいた岩出1佐の頭にふと思い浮かんだのは、防衛大学校からともに海上自衛隊の道を歩んできた同期、濱﨑禎史(よしふみ)2等海佐の顔だった。
「私が艦船装備体系班長に着任したとき、濱﨑から着任祝いで宅急便が届いたんです。開けてみると、新型FFMの自作プラモデル。そのときはよくできていると思っただけでしたが、約1年後に移転プロジェクトにアサインされたとき、『あのプラモデルは贈り物にぴったりだ』となりました」
そもそも濱﨑2佐はなぜ新型FFMの自作プラモデルをつくったのか。実は濱﨑2佐は小学1年生のときの誕生日に戦艦大和のプラモデルを買ってもらって以来のモデラー。つくるのは船が多く、趣味が高じて防大に入ったほどだ。隊務をこなしながら休日には好きな艦艇をつくっていたが、3Dプリンターを買ってプラモデル愛が爆発した。濱﨑2佐はこう語る。
「3Dプリンターなら自分でゼロから模型をつくれます。ちょうどそのころ新型FFMのイメージイラストが公開されたので、それを基に完成形を想像して何隻もつくりました。20隻くらい試作して自信作ができたタイミングで、岩出が艦船装備体系班長に着任したと聞いて1隻贈りました。名目は着任祝いですが、岩出から評価を聞きたかったのが本音です」
オーストラリア海軍関係者との面会を控えていた岩出1佐は、濱﨑2佐に連絡して追加で製作を依頼した。小さいモデルを手土産として渡すだけでなく、体積を8倍にした大型モデルをプレゼンの場に持っていくこともあった。
新型FFMはまだ実物がない。イメージが湧きづらい中で、濱﨑2佐がつくったプラモデルは相手の想像力を刺激した。岩出1佐は「百聞は一見に如かず。意思決定にどれだけ影響したのかわかりませんが、新型FFMの理解促進に貢献してくれたことはたしかです。公平性の確保上、意見交換は一般的な内容に終始させる必要がありましたが、だからこそ模型が彼らの視覚を刺激し、その役割を大いに果たしてくれたのだと実感しています」と証言する。
もちろん手土産としても喜ばれた。新型FFMのプラモデルは日本仕様が基本だったが、ここぞという相手にはオーストラリア海軍のカラーリングを施し、同海軍の識別マークである「赤いカンガルー」をつけた。濱﨑2佐の芸の細かさに、思わず顔をほころばせた関係者もいた。
オーストラリア政府が新型FFMを選定したことを発表したのは2025年8月。終盤はロビー活動に熱心だったドイツ有利という見方が広がっていたが、最後は自分たちの強みを真摯に訴えた日本に軍配が上がった。「そうりゅう」型の売り込み失敗から9年越しのリベンジ成功である。
現地サプライチェーンへの根回しやメディアも巻き込んだ広報、そして関係者の心をとらえた手作りの模型など、さまざまな活動が実を結んだ形だが、佐々木海将補は「環境が味方してくれた面もある。それを忘れてはいけない」と気を引き締める。
2025年2月には中国人民解放軍海軍のフリゲート、ミサイル巡洋艦、補給艦がシドニー沖を航行したとオーストラリア国防省が発表した。太平洋海域における軍事的緊張の高まりが、納期に厳格で、防衛戦略上でも緊密な関係にある日本の追い風になった可能性はたしかにある。
ただ、やるべきことをやっていたから風を逃さずに捉えられたとも言える。日本の防衛装備移転の勝ち筋は見えたのか。あらためて問うと、佐々木海将補はこう話してくれた。
「今回はオーストラリア側からの打診で始まった案件でしたが、今後は日本から相手国にセールスする機会もあるのでしょう。その場合も、まずその国が欲しいものを日本が満たせるかどうかを第一に考えないといけません。そこを確かめないまま今回と同じことをやっても、足元をすくわれる可能性は高い」
もっと景気のいい話が聞けるのかと思いきや、佐々木海将補はどこまでも慎重だった。「そもそも納品はまだ先で、今も勝利した実感はありません。赤いカンガルーがついた新型FFMが長崎(三菱重工長崎造船所)でオーストラリア海軍に引き渡されるまで、たぶんホッとできないでしょう」
この責任感こそが、日本が相手国からの信頼を勝ち取る最大の武器なのかもしれない。
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(ジャーナリスト 村上 敬)