日本の防衛産業に希望の灯をともす大型案件がようやく契約にこぎつけた。今年4月18日、オーストラリアを訪問した小泉進次郎防衛大臣は、メルボルンに停泊中の護衛艦「くまの」艦上でマールズ副首相兼国防相とともに、新型FFMをベースとする次期汎用フリゲート3隻の契約締結を記念する式典に臨み、両大臣は協力覚書(「もがみメモランダム」)に署名した。
新型FFMとは、海上自衛隊が計画中の「もがみ」型護衛艦の能力向上型のこと。共同通信によれば、オーストラリア政府は次期汎用フリゲートプログラムにおいて、この最新鋭艦11隻に今後10年間で最大200億豪ドル(約2兆2000億円)を投じる計画だ。
最初の3隻の日本国内での建造については三菱重工業が受注しており、29年12月までの1番艦納入を目指す。4隻目以降は現地で建造される計画になっている。
日本政府は1967年以来、「武器輸出三原則」の下で武器の輸出を長らく原則的に禁止していた。しかし販売先が国内に限られると防衛産業は成長が止まり、技術開発が困難になるうえ、高コスト化して防衛予算を圧迫してしまう。
そこで政府は2014年、「防衛装備移転三原則」の下で武器の輸出や国際共同開発を認める方針に転換。今回の新型FFMの移転は規模としても過去最大の防衛装備品。国内防衛産業にとって待望の大型案件だ。
この大型案件を推進するプロジェクトチームを防衛省の海上自衛官側(制服組)で率いたのは、防衛装備庁でプロジェクト管理総括官を務める佐々木透吏海将補だった。
佐々木海将補は誕生日の関係で18歳になる直前に海上自衛隊に入隊。いちばん下っ端の階級である2等海士から自衛官人生をスタートさせた「叩き上げ」だ。射撃員としてオペレーションの経験を積んだ後、試験を受けて幹部自衛官に。職種は水上艦艇だったが、途中艦艇のシステムを開発する配置にも就きながらキャリアを積んだ。56歳で晴れて海将補に昇任している。
佐々木海将補が海上幕僚長(海上自衛隊の制服組トップ)と防衛装備庁長官(防衛装備品の開発・調達・移転を統括する防衛省外局の長)に呼ばれ、オーストラリアからフリゲート移転の打診が来ていると聞かされたのは、2024年だった。
日本は防衛装備移転三原則への転換後、レーダーを外国に移転したことはあっても、艦艇を移転したことはない。制服組のリーダーに任じられた佐々木海将補は、さっそくチームをつくって情報収集に当たった。
「事務方のほうも防衛省から優秀な課長級やオーストラリア通がアサインされて、官はワンチームで情報収集しました。それで見えてきたのは強い競合の存在です。水上艦は建造できるメーカーが限られていて、韓国のハンファ、ヒュンダイ、スペインのナバンティア、ドイツのTKMSがオーストラリアの次期汎用フリゲートプログラムにエントリーをしていました。世間ではドイツ、韓国が有利で、日本は無理だという見方が一般的でしたね」
しかし、佐々木海将補は「請け負ったからには勝つつもりだった」と情報収集を続けた。根底にあったのは、オーストラリアのニーズを満たせば移転実績のない日本でも戦えるという思いだ。
プロジェクトチームはネットワークを駆使してオーストラリア側のニーズを探り、新型FFMを建造する三菱重工業に伝えて対策を練り上げていった。その結果、下馬評を見事に覆し、2025年8月には新型FFMの採用がオーストラリア政府から発表されたのだ。
オーストラリアのニーズを満たす新型FFMの特徴とは何だったのか。まず注目したいのは「省人化」だ。佐々木海将補は、「省人化は世界の海軍共通の悩み」と明かす。
「先進国の軍隊はどこも隊員のリクルートに苦労していて、オーストラリア海軍にとっても省人化はマストでした。他の候補国のフリゲートの乗員は約100人以上ですが、新型FFMの乗員は約90人。ワッチ(当直)は30人体制なので、3交代で90人いれば運用可能です。これは従来の護衛艦の約半分。少ない乗員で運航できる点が、オーストラリア海軍の方向性とマッチしたのではないかと思います」
米防衛調査会社フォーキャスト・インターナショナルの比較では、競合各艦の乗員は韓国の忠南級が約120人、大邱級が約140人、スペインのAlfa 3000が約100人、ドイツのMEKO A-210が約120人とされる。いずれも新型FFMの約90人を上回っており、その省人化ぶりが際立つ。
新型FFMが省人化を極めたのは、海上自衛隊も乗員不足に悩んでいたからだ。稼働できる艦艇が少なくなって船繰りが悪くなると、現場の負担は重くなる。護衛艦「あまぎり」の艦長を務めていたこともある佐々木海将補は「365日のうち約200日は出航していて、乗員には本当に苦労をかけた」と当時を振り返る。乗員が休みを取りにくい状況を改善するため、新型FFMは省人化設計に振り切ったのだ。
省人化の方向性は二つある。一つは、一人で何役もこなせるようにシステムで対応すること。もう一つは、そもそも仕事を減らすことだ。
たとえば従来の護衛艦は係留中の横揺れを防ぐ双錨泊やリダンダンシー(冗長性)のために艦艇前部に錨を二つ、後部に副錨を一つ備えていた。新型FFMを前部錨一つ、副錨を廃止して簡易な設計にして、錨用具の整備等の作業負担を減らした。また、航行を指揮する艦橋は通常8人の配置だが、新型FFMは4人で運用できるようにしている。
注目は統合化されたCIC(戦闘指揮所)だ。まず艦橋は視界確保のため大きな窓を持ち、戦闘時に狙われやすい。実際、2001年には海上保安庁の巡視船「あまみ」が不審船から銃撃を受け、乗員が負傷する事件も起きている。
新型FFMは、被弾に備えて船体内部に置かれたCICにも操艦機能がある。360度の映像を見ながら操艦が可能で、艦橋の人員が退避して艦橋が無人になっても航行できる。またそれまで機関をコントロールする操縦室など複数に分かれていた区画(部屋)をCICに統合化することによって有人区画を減らし、無人区画を増やすことによってできる限り多くの自動消火システムを採用した。
「消火作業は人手が必要で、危険も伴います。しかしそもそも人がいなければ、火災発生の区画を閉め切って酸素をなくして消火できる。そこまで徹底した自動消火システムを採用した護衛艦は、新型FFMが世界で初めてです」
統合化されたCICと艦橋の無人化は、省人化だけでなく、人命を守ることを最優先にするという運用思想の表れでもある。
「帝国海軍は、大事な熟練乗員の命を失い過ぎました。海上自衛隊は何があっても乗員の命を守って陸に返さないといけません。フリゲートは災害派遣や平時に警戒監視する船で、ずっと戦闘をするわけではない。攻撃されたら反撃して離脱する、いわゆる『逃げる船』でいい。いざというとき艦橋を無人にしても航行できるようにしたのも、乗員をひとりも失いたくないからでした」
人命最優先の設計は他にもある。フリゲートにとって最大の防御は敵に見つからないことであり、新型FFMはステルス性能を徹底的に高めた。機密ゆえに具体的なことを教えてもらえなかったが、ステルス性に対するオーストラリア海軍の反応は上々だった。実際、佐々木海将補のカウンターパートである海軍少将は、最後まで競ったドイツの護衛艦との違いを議会で説明する際、こう語ったという。
「少将は娘さんが2人いるのですが、『もし娘たちが海軍に入隊するなら、親としては日本の新型FFMに乗せたい』と説明したそうです。子どもを思う親の気持ちは万国共通。新型FFMは、その気持ちに応えられるだけのステルス性の高さを備えています」
オーストラリア海軍が評価したであろう新型FFMの特徴は他にもある。拡張性の高さだ。防衛装備品は進化を続けているが、従来は新しい技術を取り入れるたびに装備を一からつくり直さなければならなかった。しかし、防衛装備品の刷新には膨大なコストや時間がかかる。この問題を新型FFMはシステムアップデートで解決した。
「新型FFMは単なる船ではなく、システム・オブ・システムズです。船体は40年持つようにつくってあって、その間の進化はコンバット・マネジメント・システム(戦闘管理システム)などシステムを更新することで対応できます」
iPhoneにたとえるなら、スマホ本体を買い替えなくてもiOSのアップデートで最新の機能を利用できるのと同じだ。また、システムはオープンアーキテクチャーの仕様になっている。
iPhoneでアプリ事業者がアプリを提供するように、オーストラリアの軍需関連会社が後からアプリケーションを提供できる。地元の産業界のビジネスチャンスにつながることもアピールポイントになった。
ほかにも、ヨーロッパ勢との違いでは艦艇の運用思想が見逃せない。オーストラリアは西にインド洋、北と東に太平洋を抱え、海軍は長距離・長期間を前提に艦艇を運用しなければならない。
その条件は、海に囲まれた日本も同じだ。新型FFMは寄港しなくても長く航行できるよう低燃費化。ヨーロッパ勢に比べ長大な航続距離は、オーストラリア海軍には魅力的に映ったはずだ。
太平洋・インド洋を中心に活動する海軍として、アメリカ太平洋艦隊の存在も無視できない。同じ海域で活動することもあって、米豪の両海軍は装備やシステムに共通するものが多い。米海軍との親和性の高さは海上自衛隊も同じ。日米豪が一体となって太平洋の安全保障を支えるという戦略上の理由からも、日本には追い風が吹いていた。
「日豪で共通の装備体系を持てば、日本の新型FFMがオーストラリアのドックで装備の修理を受けたり、逆にオーストラリアのフリゲートが日本で修理することも容易になるでしょう。オーストラリア海軍もそのメリットは理解していたと思います」
今回のオーストラリア政府による新型FFM採用は、日本にとって太平洋の安全保障強化につながる朗報だった。ただ、日本のメリットは、直接的な防衛力向上だけではない。海上自衛隊の装備を現場そして開発側から長年見てきた佐々木海将補は、今回の採用をこう評価した。
「日本の防衛産業は生産ラインの維持に苦労していました。生産ラインが維持できなくなると、技術者が他の産業――とくに民需に流出します。民需は量産を目指すので、ゲームチェンジャーになる尖った技術は官が支えなくてはならないのですが、海上自衛隊も予算に限りがあって、これまでは優秀な技術者が次々に民需に流れていく実態がありました。
艦艇は建造に関わる会社や技術者がとても多い事業で、1隻売れただけでもインパクトが大きい。今回の新型FFM移転を機に、尖った研究開発を維持して官民のデュアルユースで展開できるようになれば、日本経済の活性化にもつながります。実際、防衛産業や経済界を見ているとその雰囲気を感じます」
日豪両防衛相による「もがみメモランダム」署名の3日後、高市政権は「防衛装備移転三原則」と運用指針を改正して、これまで移転を限定的に認めてきた5類型(救難、輸送、警戒、監視、掃海)を撤廃した。移転協定を結んだ国が対象という条件はつくものの、殺傷能力のある装備も移転できるようになり、日本の防衛産業が世界で活躍するチャンスは増える。今回の新型FFM移転は、この流れに弾みをつけそうだ。
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(ジャーナリスト 村上 敬)